ドイツの慰安婦と比較せよ
――日本政府よ、世界の誤解と本気で戦え――

西尾幹二

いわゆる「従軍慰安婦」は世界のどこの軍隊にでも、古代から現代までいつの軍隊にでも存在したし、これからも存在しつづけるであろうありふれた案件である。日本の旧軍のように自国民の女性を同行させたケースは珍しく、現地調達が世界の他の国の普通のやり方であったようだ。性病を防いで軍の戦力の低下を招かぬようにするためと、一般人女性への暴行などを抑えて占領地域の安定を図るためと、目的はつねに合理的だった。兵士たちの禁欲など最初から不可能に決まっていた。どこの国の軍も戦争遂行に伴う軍管理上の上位の施策の一つである。アフガニスタン侵攻時の米兵にBlackwaterという民間会社がフィリピンから売春婦を手配していた。その航空運賃や給与は「福利厚生慰安サービス」名目で米政府に支払わせていたhttp://www.nytimes.com/2010/02/11/us/11suit.html)。

一九三〇―四〇年代の旧日本軍が現代のこのレベル以上の国家関与をしていたかどうかさえ本当のところは分からない。だから旧日本軍のやったことをいっさい免罪せよと私は言いたいのではない。ただ、事柄自体がそういうものであるならば、旧日本軍だけを比類なく罪深いものと証明しようとする現在の国内のしつこい勢力は――代表が「朝日新聞」であるが――日本をナチ犯罪と同じ罪を犯した国家にしようとする旧戦勝国側の政治的意図にむきになって加担している。つまりありもしない日本、存在しなかった日本の絵を宣伝して歩いている。

われわれは戦争の再来を決して望まない。若い男女の性の悲惨もくりかえさせたくない。の「戦時慰安婦」の苦難に祈りを捧げたい。そこまでは誰しも納得しよう。

しかし旧日本軍の行動だけが「比類なく罪深い」といわれると、話が変わってくる。公平ではないと感じる。祈りはここで踏み消されてしまう。ちょっと違うなと考えだす。ここから政治が始まる。二十一世紀のこれからの日本の国益の基本にも関わってくることにも否応なく気がつく。

「朝日新聞」はどうしてそれが分からないのだろう。あるいは分かっていて、承知で日本を貶めようとしているのだろうか。とすると、どこかの国の工作員の指令で動いていたということだったのか。

私の本心は兵隊と性のテーマなどを公論の舞台に載せるべきではないと考えている。七〇―八〇年前の事情も条件も異なる時代のこんなテーマを、恥しさを抑えてことごとしく論議するのは、どう書いても正確さを欠き、上等な論文にはならないのだから、いいことではない。それでも敢えて筆を執るのは、羞恥心を失った人々のえげつない政治的攻撃から自分の生きている社会の最低の常識を守らなければならないと考えるからである。

「朝日新聞」は去る八月五日吉田清治証言、並びに女子挺身隊等をめぐる一連の自らの報道の誤報を認め、取り消し、九月十一日社長が謝罪の辞を述べたのであるが、その後も事の本質をまったく理解していない。十三日付社説「論じることの原点を心に刻んで」に不見識ははっきり現われている。すなわち、朝日が報道を明確に取り消したのは「慰安婦問題」そのものを救い出すためで、さもないと朝日報道への批判が前面に出て本来の問題が背後に退いてしまうからだというのである。取り消さないでいたら日韓間のナショナリズムの対立が激しくなり、その結果、本来の問題「被害者の救済という一番大事な問題の解決が置き去りになっていく――。そんな状況を打開したいと考えたから」、朝日新聞社は自ら進んで誤報を認めたのだ、というのである。こんな偽善的なもの言いで世の中が通ると思うのはじつに噴飯もので、余りにもバカバカしい。

「慰安婦問題」は朝日の誤報がつくったのであって、慰安婦と呼ばれていた娼婦は過去に存在したかもしれないが、朝日の報道が取り消されれば「慰安婦問題」そのものは背後にもどこにも存在しなかったし、すでに存在しないのである。なぜなら七万から二十万人の朝鮮の少女が日本の官憲に「強制連行」されて戦地で強姦凌辱され、性奴隷に仕立てられたというのが世界に流布している「慰安婦問題」の実相であって、それは吉田証言を報道し、三十二年間訂正せず誇大拡散させてきた朝日新聞の活動の帰結だからである。朝日新聞は誤報を認めた後も、女性たちが意志に反して連れて行かれた「広義の強制」は厳にあったと言いつのり、悲惨な境遇に置かれた女性が存在したことが問題で、健康診断などは軍がしたのだから軍の関与がないとはいえない、彼女らが自分の意志で外出できたからといっても、まして、いくら高給だからといっても、人権が踏みにじられていたことに変わりはない、などと論点をすり換えて主張し始めている

ここが多くの人が瞞され易いきわどいポイントである。つまり朝日新聞は女性の尊厳の問題が残っている、と言い出して、今度これで押し通そうとしている。俗耳に入り易い言い方だから気を付けてもらいたい。女性が心理的、経済的に自由を奪われた「広義の強制性」の有無がこの問題の本質なのではない。官憲による「強制連行」の有無が問題の核心なのだ。もし日本の軍による「強制連行」がなかったのなら、戦地における不幸な女性の人権の問題はたしかに残り、それは悲しいことではあるかもしれないが、日本だけが政治的に責められる問題ではもはやない。強制連行がなかったのなら、それは世界中の売春一般の問題と同じことになる。

朝日の木村社長はこの点がまったく分かっていない。これからも朝日は大事な問題として戦地での女性の人権、尊厳の問題として明確に従来の主張をつづけていくことに変わりはない、などと明言しているが、私はどうぞお好きになさって下さい、と申し上げたい。なぜなら朝日新聞はこれから社を挙げて、古今東西の、全地球上の戦時売春一般の問題に取り組み、女性の人権、尊厳を守るべく勇敢に起ち上がるというのだから、どんな紙面になるのやら興味津々である。世界は広い。どうか日本以外の国々の軍の管理問題や衛生問題を大いに研究してわれわれの蒙をひらいてもらいたい。

ナチス治下のドイツではじつはほとんど信じられないことが行われていた。ドイツ国防軍が約五〇〇の売春宿を運営していて、各占領地域の軍司令部がそれらの設営から維持管理までを手がけていたことはさして驚くに当らない。日本などと違って、悪びれる風もない徹底して行き届いた衛生管理がなされていたようで、ドイツ兵たちは性病防止の観点から、性行為そのものが監視され、不能や中断まで観察されていたというのだから、若い男の悲劇でもある。兵士の欲望は物品を整理するように合理的に処理されていた。いかにもドイツらしいウラもオモテもないあけすけさである。

前に別のところでも私が取り上げたことのある軍事衛生問題研究家フランツ・ザイドラーの『売春・同性愛・自己毀損――ドイツ衛生指導の諸問題一九三九―四五年』(一九七七年刊)は、たぶん現存の唯一の重要研究所である。以下主にこれを典拠に紹介する。

フランスなど西欧の占領地には既成の女郎屋が存在したので、それが活用された。しかし旧ソ連地域には公娼制度が存在しなかったので、前線司令官の命令で人さらいのような「強制連行」が少なからず行われていた。

「西欧では女郎屋の女主人が売春婦の確保につとめ、その代りに収入の半分を手にした。しかし東方では前線司令官たちが売春婦になる少女たちの獲得につとめなければならなかった。その際、強制処置がしばしば取られた」

「若い娘で、労働力投入への呼びかけに応じてドイツに行くのはいやだといって拒んだ者は、二者択一として、国防軍売春宿にしばらく勤務する以外に選択の余地はなかった。ユダヤ女性に対してさえもこの二者択一が提案された。『やるべきことをちゃんとやれば』釈放が保証されるといって強制収容所で募集された女たちが、東部占領地区の売春宿に連れて行かれたか、それとも、ラーヴェンスブリュック強制収容所で売春婦に仕立てられていった女性在監者と同じような運命を辿って、ドイツ国内で使役されるにいたったか、そこははっきりしていない。ただ、彼女らが美人で使いものにさえなれば、アーリア人であろうとセム人であろうと、たいして問題ではなかったのだ」

ドイツ軍による「強制連行」については、日本語に訳されているヘルケ・ザンダー/バーバラ・ヨール『一九四五年 ベルリン解放の真実』(現代書館刊)の中にも、次の記述がある。

「連合軍が押収して一九四六年にニュルンベルク裁判に提出されたドイツの記録文書は、恐怖をあおるためにドイツ人征服者が組織的に強姦したことを立証している。ポーランド、ユダヤ、ロシアの女たちが強姦され、多くの場合、むごたらしく殺された。情容赦なく何百人もの少女や女性が迫害され、軍用娼家は追い込まれ、そこで強制売春に使役された。いわゆる『慰安勤務』である。それが管理的に行われた大量殺人の前段階だったこともしばしばだった」

私たちが今までに聞き及んでいる日本軍の環境とは大違いである。小野田寛郎氏は売春は誰も見てない所でするものだから当時は「ピー」という隠語で秘かに囁かれていたと証言している。私は美談を強調するつもりもないが、中国雲南省の最前線で米軍に追い詰められたある日本部隊は、同行していた朝鮮人慰安婦を「お前たちは生きて帰れ」と米軍側に引き渡し、日本人慰安婦は兵隊と共に玉砕した、という事件もあったと記録されている。

しかし、以上ドイツについて述べたような内容は、「ドイツではじつはほとんど信じられないようなことが行われていた」と私が先に言おうとしていたことのうちにまだ入らない。驚愕すべき内容はじつはこの先にある。

ザイドラーの本によると、管理されていない街の娼婦からの罹病率が一番高かった。売春宿を軍の管理下に置いたのはそのためだが、これで十分というわけにはいかなかった。軍当局は別のことを考え始めていた。1941年ドイツがロシアに進入してから、兵の性病が激増した。住民の栄養状態は悪く、売春が公認されていない共産主義の国では有資格の医師もいない。南ウクライナでは軍が建てた売春宿が病気の発生源となった。打つ手がなく、ほとほと困り果てた。ザイドラーは驚くべき指摘をしている。

軍事刑罰法典が改訂され、被占領地区において強姦を犯したドイツ軍人の処罰が寛大に扱われるように改められたというのだ。

「ドイツ帝国と帝国併合地域の外部に動員されたSS親衛隊ならびに各種警護部隊の構成員に有罪の判決を下すに際しては、強姦罪の量刑に当っては、つねに特別の事情が考慮されなければならない。彼らは特別の事情の下に勤務を果しているからである。……」

「よしんば、強姦犯罪が武器の脅しで行われた場合があったにしても、ただそれだけでは、それは一九三九年十二月五日付の暴力犯罪法規定の、あるいはまた、戦時特別処罰法規定第五条(a)の適用をそのまま正当化するものではない。兵たる者は職業上武器を携行し操作する者であり、強姦犯罪に際しそれを使用したからといって、それだけでは彼が暴力犯罪者であるとの烙印をただちに捺されるいわれはない。」

ポーランドやルーマニアやウクライナやロシアの女性にドイツ兵が武器で威嚇して手籠めにし、強姦行為を果してもまあ大目にみてやってほしい、という公式文書である。こういう文書があれば、ドイツ軍事法廷は「運用」次第で大抵のドイツ兵の性犯罪を無罪放免としてしまったであろう。ザイドラーはこの背景に、衛生問題を見ている。売春宿ではどう管理しても性病を防ぎ切れない。売春婦を相手とする限り、病気の広がりは止められない。それは軍事力の低下を招く。それくらいならドイツ兵の性欲の発散を一般市民の女性で解決した方が安全で、合理的である。

邦訳されたクリスタ・パウルの『ナチズムと強制売春』(明石書店・原書一九九四年)も、次のように書いている。

「一九四〇年十月十日から国防軍の軍人による強姦は親告罪となった。これは強姦がほとんど追及も処罰もされないことを意味した。」「ドイツ将兵、ドイツ国防軍の軍人、武装SSの隊員、そしてそのほかの軍機能の担い手たちはポーランドやロシアやフランスなどで何千人もの女性を強姦した。彼らは処罰を恐れる必要がなかった。」「国防軍の軍人が強姦を犯すか売春宿を利用するか、そのどちらの率が高いかは、軍事上の状況によってそのつど変わったと考える。」「一九四三年にあるユダヤ系の雑誌にのった自殺を謳った詩は、ナチスが学校を売春宿にしようとしていることを知って自殺した、クラカウのベート・ヤコブ師範学校の九十三人の女生徒についての最後の証言であろうと察せられる。」

ほとんど信じられない内容、と言ったのはこのことである。ドイツ軍当局は承知だった。それでも戦争が終わって今日まで、ドイツの国家管理下の強制売春がとり立てて国際的な騒ぎになることはなかった。二十年ほど前に日韓のトラブルが世界に報じられ、そういえばナチス治下にも似たようなことがあったはずだと前記クリスタ・パウルらのドイツ左翼が色めき立ったが、いままた再び静まり返っている。私が取り上げたフランツ・ザイドラーの緻密な研究所などをドイツ人がどの程度読んでいるかも定かではなく、今日ここで紹介した諸事実についてはドイツの一般市民は多分まったく知らないだろうし、興味もあるまい。日本が国を挙げて慰安婦問題でひっくり返っているというのに、百倍も悪質なドイツは涼し気な顔をしている。

このテーマは二十三年前に解決したはずの論題なのに日本でだけ今また火が点いて大騒ぎになっているのは、間違いなく朝日新聞が取り消さずに垂れ流しつづけ、韓国と中国という二つの敵性国家に今あらためてつけ入る隙を与え、米国がなにやら思惑ありげに手を貸しているという国際政治情勢の新しい変化のためであるが、それならなぜこれほどまでの残虐苛烈なるドイツの犯罪が白日の下にさらされないのであろうか。私は非常に簡単な理由があると考えている。

六〇〇万のユダヤ人殺害、二〇〇万のポーランド知識人あるいはそれを上まわる旧ソ連人の殺害、五〇万のジプシーの集団殺戮、大量の人体実験、占領地広域の不妊断種手術、障害者や病人の安楽死政策、外国からの約二十万人の美少年・美少女の拉致とドイツ民族化……といった鳥肌立つ一連のナチ犯罪という巨悪を前にしてみれば、それ以外のたいていの問題は影が薄くなる。戦時慰安婦などはアメリカにもソ連にもイギリスにもフランスにもそして韓国にも世界中いたるところにあるありふれた話で、ばかばかしいほど小さく見えてしまうのは当然である。ドイツの罪を問うランク付けの上位にはどうあっても入らない。

どうかこのことを朝日新聞の関係者だけでなく、政治や外交の要路の方々はしかと肝に銘じて、日本をナチスと混同するような世界からの問い掛けに断じて惑わされないようにして頂きたい。

私は一九九七年にすでに「『慰安婦問題』ドイツの傲岸、日本の能天気」「『慰安婦問題』朝日論説の詐術を嗤う」の二本を『諸君!』に発表し、今日言及した問題点はすでに詳しく重層的に論究している。二論文は最近刊の文藝春秋臨時増刊『「朝日新聞」は日本に必要か』に再刻されたので、ぜひこれをお読みいただき、なぜ十七年前に言論界でいったん解決したはずのテーマが消化不良のまま亡霊のようにさ迷い出るのか、私だけでなく、当時事の理筋を解明していた私と同憂の志はおそらく遺憾の思いを抱いているであろうことに思いを致していただきたい。

テレ朝報道ステーション九月十二日夜の慰安婦問題の最終コメンテーターとして元外務省欧亜局長東郷和彦氏が、「世界の大勢は狭義の強制性があるかないかについてほとんど関心がない。米世論は、自分の娘がそういう立場に立たされたらどう考えるか、を意識していて、甘言をもって騙されて連れて来られた娘と、トラックにぶちこまれた娘とどう違うのか、という考えになっている」という趣旨のことを語り、「世界の大勢」とは「米世論」のことだと最初からアメリカに対する敗北感情まる出しのまま、世界は日本の言うことなんか聞いてくれない、もうどうにもならない、というような調子で語っていた。ここから後は、日本は頭を下げて再び謝罪し、嵐が過ぎるのをひたすら忍耐して待ちましょう、という言葉が多分口をついて出て来そうな形勢であった。

東郷氏、あるいは氏を代表と見立てていい日本の外務省はこの二十年間何をしていたというのか。慰安婦の「強制連行」がなかったことは、たとえ朝日が取り消さなくても、言論界の諸説を見ていれば、すでに二十年前に証明されていた。私だって前述の二論文で、問題の解消に寄与していたつもりだ。東郷氏よ、あなたはこの間少しでも日本人の正義のために外交官として戦ったのか。終戦後米軍による日本人慰安婦は二十万人はくだらなかった。GHQの指令で、女性が集められ、レクリエーションセンターと名づけられた施設をつくらされた(「産経新聞」一九九四年九月十七日)。若い日本女性が一日最低十五人からのアメリカ兵の相手をさせられ、腰をぬかし、別人のようになったさまが手記として残っている。「どこの部屋からも叫び声と笑い声と女たちの嗚咽がきこえてきました」(『りべらる』一九五四年十一月号)

東郷氏よ、「自分の娘がそういう立場に立たされたらどう考えるのか」を、今こそアメリカの世論に向かって言って欲しい。娘を持つアメリカ人に向かって、貴方の兄や父や祖父は何をしたかを冷静に、論理的に問い質していくべきときではないのだろうか。それが日本外交の正念場ではないのか

反論にはつねに相手の罪悪を思い出させるカウンターパンチがなければ効果はないことも戦術として知っておいてもらいたい。

朝日の木村社長は二言目には外国に敵意を煽るナショナリズムを戒めるといい、「日本でしか通用しない論理でひたすら溜飲を下げる」のを止めようと訓戒を述べるが、日本の娘たちが辱しめられた現実を背後に持つこのテーマは、ひとつ間違えると親米であった世論を反米に替え、ずっと忍耐していた日本人の対韓感情を永久に非寛容にする危険を孕んでいる。それを避けるには教訓や説教ではダメで、日本の正しさと無実に関する事実に立脚した正論につねに一定の窓を開いておく智慧が必要である。

出典:『正論』2014年11月号 p.142