〈女性に対する暴力に関する特別報告書(クマラスワミ女史)提出にかかる報告書付属文書1(E/CN.4/1996/53/Add.1)に対する日本政府の見解〉

慰安婦・対国連の日本政府「幻の反論書」全文

出典:『正論』2014年6月号・7月号

目次
第1章 本文書の要点
第2章 日本の取り組み
第3章 事実面に対する反論
第4章 法律面に対する反論
第5章 勧告に対する日本政府の見解

第1章 本文書の要点

1、「女性に対する暴力」問題への我が国の取り組み

旧ユーゴー、ルワンダ等の武力紛争下における組織的強姦、家庭や社会における性的虐待や嫌がらせなど、現代社会において女性に対する暴力は重大な問題になっている。日本政府としても、旧日本軍の関与の下、多くの女性の名誉と尊厳が傷つけられたいわゆる従軍慰安婦問題を深く反省し、官民あげてこの問題に誠実に対応するとともに、この問題を一つの教訓として、「女性に対する暴力」の問題一般の解決のために国際社会に協力していくべきであると考えている。昨年の国連総会において、我が国は、女性に対する暴力に関する基金をUNIFEM内に設置するための決議を提案し、採択されたが、今後この基金に応分の資金協力を率先して行っていく所存である。政府としては、今後とも国際社会と一致協力して「女性に対する暴力」の問題について取り組んでいきたい。

2、人権委員会の特別報告書の責務

日本政府は、このような女性に対する暴力の今日的な重要性に鑑み、クマラスワミ国連人権委特別報告者の昨年7月22日から27日までの訪日を歓迎した。日本政府は、国連人権委員会の特別報告者の制度は、国連が任命した独立専門家という客観的な立場から問題の実態を明らかにする制度として、これを高く評価している。同時に、特別報告者の制度は、国連人権委員会ひいては国連の信頼性に関わるものであり、この任務を務める者は、国際社会全体の信頼に値する報告書を提出しなければならない。即ち、特別報告者は、中立的客観的な調査を行い、十分な根拠に基づく事実関係を記し、法的見解を示す場合も、国際法を踏まえた見解を示すべきであることが当然である。

3、クマラスワミ特別報告者による報告書付属文書1の問題点

しかしながら、クマラスワミ特別報告者が今次提出した「従軍慰安婦」に関する本件報告書付属文書1は極めて問題が多い。日本政府は、以下の理由により、国連人権委員会がこの文書にはっきりとした否定的な見解を示し、我が国の取り組みを正当に評価するよう強く希望する

(1)特別報告者のマンデート

第50回国連人権委員会決議からも明らかな通り、クマラスワミ特別報告者のマンデートは、「女性に対する暴力、その原因及び結果」に関し報告を行うことである。現在の国際社会においては、旧ユーゴー、ルワンダの問題等、未だ有効な対策が講じられていない女性に対する暴力という深刻な問題が進行中であり、国際社会はこのような問題の解決を待ち望んでいる。にもかかわらず、クマラスワミ特別報告者は、50年以上前の出来事であって、かつ、日本政府が関連する条約等に従って誠実に対応してきている「従軍慰安婦」問題を、あたかも現代における女性に対する暴力に関する最重要課題であるがごとく最初の提出文書において取り上げており、極めて不当である

(2)調査方法及び内容上の問題点

本件付属文書は、「歴史的背景」として140パラグラフのうち34パラグラフにわたり説明がなされているが、その大部分を、日本政府の対応に批判的なG・ヒックスの著書等既存の書籍からの引用に頼っており、しかも、特別報告者自身がこれら書籍の記述の裏付け調査を行った形跡がほとんど見られない。また、第4章「証言」の中心に据えられているいくつかの証言も、特別報告者が直接聞いていない伝聞証言であり、結局、本件付属文書の事実関係に係る記述は、十分な事実確認を行うことなく極めて限定された資料に依拠して書かれているといわざるを得ない。

さらに、いわゆる従軍慰安婦の実態は、地域、時代によっても様々であり、年月の経過による事実認識の困難さもあるにもかかわらず、クマラスワミ特別報告者はこれら限られた情報をすべて一面的に一般化するという誤りを犯している。その一方で、特別報告者は、その予断するところにそぐわない客観的資料(米国陸軍による慰安婦の尋問結果)は無視している

このような調査方法に基づいて書かれた本件文書は、人権委員会に提出されるものとして、明らかに不適切である。

(3)法的議論の問題点

(イ)本件付属文書の法的側面に関する主張は確立された国際法に基づいていない。また、特別報告者の展開する個人的な主張は、旧連合国、アジア近隣諸国等と我が国が過去50余年にわたって国際法に則り誠実に対応してきた先の大戦の戦後処理ばかりか、各国が過去の戦争において行った戦後処理の法的枠組みによる解決が最終的なものであることをも否定することになる。このような誤った国際法の解釈に基づく主張は今日の国際社会にとり到底受け入れられるものではない。

(ロ)まず、クマラスワミ特別報告者は、日本帝国陸軍により設置された慰安所の制度は国際法上の義務違反であり、日本政府は元従軍慰安婦個々人に対し直接補償を行う国際法上の義務を負っている旨主張している。しかし、いわゆる戦後処理のための平和条約等においては、個人の損害を個別に検討しこれを合算して賠償額とする方法によらずに、関係国間の合意により一定額を包括的な賠償額とみなして処理すると共に、その他一切の請求権を相互に放棄する旨の規定、即ち、他に未賠償請求権があっても追求しないという「完償条項」を設けることが一般的である。日本政府が、戦後締結したサンフランシスコ平和条約その他の二国間条約もこの方式に従って、個人の損害の問題も含めて国家間において賠償等の問題を最終的に処理している。クマラスワミ特別報告者は、従軍慰安婦問題は平和条約等の交渉過程において言及されていないから元従軍慰安婦に対する補償は右賠償額等に含まれていないと主張しているが、これは上述した条約の規定及び締約国の意思を無視したものと言わざるを得ない。また個人が国家に直接補償請求をするためには、条約において個人の権利が明示的に規定され、かつ、それを実現する国際法上の手続が保障されていなければならない。この点クマラスワミ特別報告者が引用している世界人権宣言、国際人権規約等は、個人の国際法上の請求権とは全く関係のない宣言、規約である

また、過去の一時点における我が国の行為が国際法違反か否かを検討する為には、条約又は慣習国際法が我が国を拘束するものとして具体的な行為が行われた当時に有効に存在していたか否かを、先ず検討しなければならない。特別報告者は我が国が当事者ではない条約を論拠として我が国の条約違反を主張したり(パラ98)、何等の論拠を示すことなく、一定の規範が慣習国際法であると断じている(パラ102)。更には、そもそも過去の一時点における我が国の行為が国際法違反であるか否かは、その時点において有効な国際法に従って判断しなければならないことは、条約法条約第28条においても確認されており、時際法の理論からも明らかであるにもかかわらず、特別報告者は、1949年のジュネーヴ条約(第2次大戦後に発効した条約)を論拠に我が国の戦前の行為についての国際法違反を論じている

(ハ)加えて、特別報告者は、慰安婦募集及び慰安所開設に関与した者を戦争犯罪者として処罰せよと主張しているようである。そもそも戦争犯罪は、特段の定めがない限り、戦勝国と敗戦国との平和条約によりすべての処理を終えるものである。先の大戦に関しては、連合国は、極東国際軍事裁判書その他の連合国戦争犯罪法廷の裁判により日本国民の戦争犯罪を処罰し、日本政府は、サンフランシスコ平和条約でこれらの裁判を受諾し、刑の執行も行っている

(ニ)特別報告者の議論は、法的色彩を帯びているが、実際はおよそ法的には成り立たない恣意的な解釈に基づく政治的主張であり、このような議論を国際社会が受け入れれば、国際社会における法の支配そのものに深刻な打撃を与えることとなろう。

4、いわゆる従軍慰安婦に関する我が国の取り組み

(1)日本政府は、当時の軍の関与の下、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけたいわゆる「従軍慰安婦」問題を深く反省し、歴代総理、官房長官の談話等により下慰安婦の方々に深いお詫びの気持ちを公式に表明してきた。また、歴史を正しく後世に伝えるとともに、関係諸国等との相互理解の一層の推進に努めるべく、平和友好交流計画等の諸措置をとってきた。また、次代を担う若者が学校教育を通じて我が国の現代史にわたる歴史を正確に理解することを重視し、その面での努力を強化しているところである。

(2)また、我が国では、徹底的な議論を行った上で、我が国の学界、法曹界、言論界、労働界等、各界を代表する男女20名の呼びかけにより、元従軍慰安婦の方々に対する日本国民の国民的な償いを行うとともに、この問題を歴史の教訓として、暴力など今日的な女性問題の解決に取り組むことを目的とした「女性のためのアジア平和国民基金」が発足した。

アジア女性基金は、国民に対し、いわゆる従軍慰安婦問題を啓発し、元従軍慰安婦の方々に対し国民的な償いを行うことを呼びかけたところ、2月23日までに、1億7000万円の寄付金が寄せられている。また、アジア女性基金は、その趣旨について理解を得るために、元従軍慰安婦の方々、関係する政府、団体等との対話も進めており、今日的な女性問題に取り組むための事業についても、その具体化を図っている。

(3)日本政府としても、このアジア女性基金が所期の目的を達成できるよう最大限の協力を行ってきている。

政府は、国民の寄付金とは別に、元従軍慰安婦の方々に役に立つような医療、福祉事業、及び、より一般的に女性の名誉と尊厳を守る事業等のための補助金として1996(平成8)年度予算に、約6億3800万円を計上している。アジア女性基金は、我が国及びアジアのNGOと密接に連携しつつ、このような事業を具体化していく計画である。

5、結論

日本政府は、広く女性に対する暴力の撤廃に向けて貢献したいと考えるとともに、いわゆる従軍慰安婦問題についても既に述べた誠実かつ真剣な取り組みによって真の解決を図っていきたいと考えている。

日本政府としては、人権委員会が、不十分な事実認識と誤った国際法の解釈に基づく法律論を展開する本件付属文書をはっきりと否定し、我が国の取り組みを正当に評価することを、改めて強く期待するものである。

6、本反論文書の構成

この反論文書においては、第2章においてクマラスワミ特別報告者に詳細に説明したにも関わらず、必ずしも客観的かつ正確には本件付属文書に記載されていない「従軍慰安婦」問題に対する日本国政府の取り組みを紹介する。さらに、第3章において本件付属文書の事実関係の記述に関する疑問点を、第4章において本件問題の法律的側面についての我が国の国際法上の見解を紹介し、第5章において本件付属文書の勧告部分に対する日本政府の見解を簡潔に述べることと致したい。


第2章 日本の取り組み

Ⅰ 日本政府の取り組みについて

1、女性に対する暴力の問題に対する取り組み

(1)わが国は、1975年の国際婦人年以来、国連の動きと軌を一にして、女性のための諸施策を推進してきた。その中でも、女性に対するあらゆる形態の暴力の根絶に努めることは、わが国の重要施策の一つであり、これまでも、以下のとおりの取り組みを行ってきている。

(2)まず、国内における取り組みについて述べると、日本政府の男女共同参画推進本部が策定した「西暦2000年に向けての新国内行動計画(第1次改定)」は、重点目標の中で「女性に対する暴力の根絶」を取り上げており、政府は、女性が被害者となるような暴力事犯、性犯罪等に厳正に対処するとともに、関連施策を推進している。

(3)同時に、旧ユーゴ、ルワンダ等の武力紛争下における暴力や家庭内暴力など、「女性に対する暴力」は、国際社会における重要な関心事であり、わが国は、この問題への国際社会の取り組みに積極的な協力を行っている

(4)具体的には、わが国は、第4回世界女性会議において、「女性の人権の尊重」や「女性に対する暴力の根絶」などを掲げる行動綱領の採択に努力した。また、1995年(平成7)年の第50回国連総会では、わが国は、46か国の共同提案国を得て、女性に対する暴力に関する基金をUNIFEM内に設置するための決議を提出した。この決議はコンセンサスにて採択されたので、わが国は、この基金に応分の資金協力を行う所存である。

(5)日本政府としては、今度とも、国際社会と一致協力して、「女性に対する暴力」の問題に取り組んでいきたいと考えている。

2、いわゆる従軍慰安婦問題に関する調査と資料の公開

(1)日本政府は、1991(平成3)年12月、いわゆる従軍慰安婦問題の実態を解明するための調査を開始した。

(2)この調査では、日本政府は、日本政府の各省庁、国立国会図書館および米国国立公文書館において本件に関する資料の保管の有無を調査し、その結果発見された関係資料230点以上を精査した。同時に、政府は、担当官を内外に派遣するなどして、元従軍慰安婦の方々、元軍人、元朝鮮総督府関係者、元慰安所経営者、慰安所付近の居住者、歴史研究者等から幅広く聞取り調査を行った

さらに、韓国政府が作成した調査報告書、韓国挺身隊問題対策協議会、太平洋戦争犠牲者遺族会など関係団体が作成した元従軍慰安婦の証言集はもちろん、本問題に関する多数の出版物を参考にした

(3)日本政府は、これらの調査から得られた資料や証言を分析、検討し、その結果を、1993(平成5)年8月4日発表した。その骨子は、次のとおりである。

(4)この調査結果は、政府として全力を挙げて誠実に調査した結果を取りまとめたものであるが、その後も新しい資料が発見される可能性があり、引き続き、民間の研究を含め十分な関心を払ってきている。

(5)本問題に関しこれまでの調査の結果発見された公文書等については、関係する省庁等においてそれぞれの方法で保存し、プライバシーに配慮した上で公開しているほか、内閣官房において、これらの写しを一括して整理し、プライバシーに配慮した上で、一般に公開している。

3、従軍慰安婦問題についてのおわびと反省の気持ちの表明

(1)従軍慰安婦問題に旧日本軍が関与していたことが明らかになったことから、日本政府の最高責任者らは、これまで、多くの機会に、心からのおわびと反省の気持ちを表明している。

(2)具体的には、1992(平成4)年1月、韓国において開かれた日韓首脳会談の場で、宮沢内閣総理大臣(当時)は、従軍慰安婦問題についての深いおわびと反省の気持ちを表明した

(3)また、1993(平成5)年8月、河野官房長官(当時)が、前記の調査結果の発表にあたり、特に談話を発表した。その要点は、以下のとおりである。

(4)1994(平成6)年8月、村山内閣総理大臣(当時)は、戦後50年を迎えるにあたって、談話を発表した。この談話で、村山総理は、「女性の名誉と尊厳を深く傷つけた従軍慰安婦問題について、改めて、心からの深い反省とおわびの気持ちを表明する」と述べた。

(5)さらに、村山総理は、1995(平成7)年7月、女性のためのアジア平和国民基金の発足に際して、次のとおりあいさつし、このあいさつは、わが国の代表的な新聞のすべてに掲載された。

(6)アジア女性基金が事業を行う折に改めて行うこととされている、国としての率直なおわびと反省の気持ちの表明については、アジア女性基金は、日本政府に対し、これを内閣総理大臣から元従軍慰安婦の方々に対する手紙によって行うことを要請しており、日本政府は、この要請を真剣に検討しているところである。

4、平和友好交流計画

(1)日本政府は、従軍慰安婦問題も含め、過去の歴史を直視し、正しくこれを後世に伝えるとともに、関係諸国等との相互理解の一層の推進に努めることが、従軍慰安婦問題に対するおわびと反省の気持ちを表すことになるとの考えから、前記「総理大臣の談話」(1994年8月)により、次の2本柱からなる「平和友好交流計画」を発足させた

第1は、過去の歴史を直視するため、歴史図書、資料の収集、研究者に対する支援等を行う歴史研究支援事業である。第2は、知的交流や青少年交流などを通じて各界各層における対話と相互理解を促進する交流事業である。

(2)この「平和友好交流計画」は、10年間で1000億円相当の事業を新たに展開することにしており、初年度である1995(平成7)年度については、総額約82億円にのぼる歴史研究支援および各種交流の事業が幅広く実施されている。また第2年度である1996(平成8)年度についても、これら事業のため、約86億円が予算に計上されている。

(3)さらに日本政府は、平和友好交流計画の中で、アジア歴史資料センター(仮称)の設立を検討している。このセンターは、日本とアジア近隣諸国等との間の近現代史に関する資料および資料情報を幅広く、片寄りなく収集し、これを内外の研究者をはじめ広く一般に提供することを基本的な目的としている

Ⅱ 女性のためのアジア平和国民基金について

1、女性のためのアジア平和国民基金の発足に向けた取り組み

(1)政府は、前記の内閣総理大臣の談話(1994年8月)で、従軍慰安婦問題に対するおわびと反省の気持ちを国民にも分かち合ってもらうため、幅広い国民参加の道をともに探求したいとの考えを明らかにした。

(2)この談話を受け、わが国の連立与党は、従軍慰安婦の問題にわが国としてどのように対応するかについて真剣に検討し、次のとおり報告を行った。

(3)日本政府は、上記の連立与党の報告を踏まえて、「基金」構想の実現と具体化に向け、関係者との協議を含め、さらに真剣な検討を行った。その結果、1995(平成7)年6月、五十嵐内閣官房長官(当時)は、戦後50年にあたり過去の反省に立って、「女性のためのアジア平和国民基金」による事業を次のとおり行うと発表した

2、女性のためのアジア平和国民基金の活動

(1)「女性のためのアジア平和国民基金」は、1995(平成7)年7月、呼びかけ人らの呼びかけにより正式に発足した。この呼びかけ人は、わが国の学界、法曹界、言論界、労働界等、各界を代表する男女により構成されており、呼びかけ人が国民に向けて行ったアピールは大きな反響を呼んだ

(2)アジア女性基金は、現在、マスメディアにおける広報、パンフレットの配布、集会の開催などを通じて、従軍慰安婦問題に関する啓発活動を積極的に展開するとともに、元従軍慰安婦の方々に対し国民的な償いを行うための募金の呼びかけを行っている。これまで(1996(平成8)年○月○日まで)既に、アジア女性基金の呼びかけに賛同する幅広い層の国民からの寄付金約○億○○○○万円が、同基金に対し寄せられている。また、このような国民的な運動の広がりに呼応して、企業、労働組合、その他アジア女性基金の趣旨に共感する様々な民間団体からの寄付も促進されつつある。

(3)アジア女性基金は、また、元従軍慰安婦の方々に対し基金を通した国民的な償いその他の事業を受け入れていただけるよう元従軍慰安婦の方々を含めこの問題に対する内外の関係者との対話を進めている。アジア女性基金は、1996(平成8)年1月、フィリピンおよび台湾に、以下の目的のためのチームを派遣した。また、韓国に対しても、同じ目的のチームを予備的に派遣した

(4)アジア女性基金は、このような対話を通して、元従軍慰安婦の方々や関係団体の意見がアジア女性基金の事業にできるだけ反映する努力を行っており、今後とも可能な限りこのような対話を繰り返していくこととしている。

(5)この他、女性のためのアジア平和国民基金は、その事業のもう1本の柱である、女性に対する暴力など今日的な女性問題の解決のための取り組みについても、96(平成8)年4月から事業を開始できるよう、現在、準備を行っている。具体的には、「事前防止事業」として、女性に対する暴力問題などをテーマとする国際会議の開催や調査研究などを、「被害者救援事業」として、暴力や売買春等の急迫の問題に直面している女性のための救援施設の活動の支援などを、それぞれ予定している。

3、女性のためのアジア平和国民基金に対する日本政府等の積極的協力

(1)日本政府は、女性のためのアジア平和国民基金の発足を受けて、1995(平成7)年8月、アジア女性基金の活動に対し必要な協力を行うとの方針を閣議で確認し、同基金が所期の目的を達成できるよう最大限の努力を行ってきている。

(2)具体的には、政府は、1995年度、国会の議決を得て、アジア女性基金の運営経費等として約4億8000万円を補助した。また、1996年度予算においても、アジア女性基金の運営経費および女性に対する暴力などの問題に対応するための経費に対する補助金として同額を計上したことに加え、元従軍慰安婦の方々のお役に立つような医療、福祉の事業を支援するための経費として、150万U.S.$を計上している。

(3)これ以外にも、政府は、女性のためのアジア平和国民基金の活動が円滑に運ばれるよう、公益法人格の許可、同基金に対する寄付の免税措置等、有形無形の協力を行っている

(4)また、1995(平成7)年12月、連立与党の両院議員ら40名が、啓発活動その他アジア女性基金の事業を全般的に支援することを目的とした「女性のためのアジア議員連盟」を結成し、立法府の立場において、アジア女性基金への協力を行うこととしている。


第3章 事実面に関する反論

1、日本政府は、以下のとおり、付属文書1がその立論の前提としている事実に関する記述は、信頼するに足りないものであると考える。

2、第1に、本件特別報告者の事実調査に対する姿勢は、甚だ不誠実である。

(1)本来、特別報告者は、そのマンデート事項につき、資料原典を含め客観的資料を幅広く収拾したうえ、これら資料を中立的かつ専門的立場から十分に吟味、分析して報告を行うことが期待されているところである。

(2)本件付属文書第2章「歴史的背景」において、特別報告者は、旧日本軍の慰安所に関する歴史的経緯や、いわゆる従軍慰安婦の募集、慰安所における生活等について記述しているが、同章の記述は、実は、ほぼ全面的に、日本政府に批判的な立場のG.Hicks氏の著書から、特別報告者の結論を導くのに都合の良い部分のみを抜粋して引用しているに過ぎない

(3)特別報告者がこのように一般刊行物に依拠する場合、特別報告者が、Hicks氏の著述内容について、自ら十分な裏付け調査を行わなければならないことはその職責上当然のことである。しかしながら、本件付属文書の場合、何らそのような検証が行なわれた形跡がない。その上、引用に際し、特別報告者は、随所に主観的な誇張を加えている。このように無責任かつ予断に満ちた本件付属文書は、調査と呼ぶに値しない

3、第2に、本件付属文書は、本来依拠すべきでない資料を無批判に採用している点においても不当である。

(1)例えば、特別報告者は、従軍慰安婦募集のためSlave raidを行ったとする吉田清治氏の著書を引用している(パラ29)。しかし、同人の告白する事実については、これを実証的に否定する研究もあるなど(秦郁彦教授「昭和史の謎を追う(上)」p334,1993)、歴史研究者の間でもその信憑性については疑問が呈されている(パラ40)。特別報告者が何ら慎重な吟味を行うことなく吉田氏の「証言」を引用しているのは、軽率のそしりを免れない

(2)また、特別報告者が、恐らく旧日本軍の残虐性を意図的に誇張するために第4章「証言」の中心に据えたのであろう、北朝鮮在住の女性の「証言」は、特別報告者が直接聴取していない「伝聞証言」である。これらの「証言」は、人権センターの職員により聴取されたとのことであるが、疑問点があれば特別報告者自ら問い質して確認するなどの努力もなしに、いかに供述の真実性を確認することができたのか、全く不明である。

4、その結果、本件付属文書の記述は、一面的、かつmisleadingである。

(1)いわゆる従軍慰安婦の問題は極めて複雑である。その実態は、地域によっても千差万別であるとともに、歴史的に見てもかなりの変遷がある。また、既に50年、60年が経過していることによる事実認識の困難さもある。

(2)ところが、特別報告者は、上記のような本問題の複雑性は顧慮せず、何冊かの刊行物その他極めて限定された資料と、若干の「証言」に安易に依拠しつつ、それらを一面的に一般化して、あたかも本件付属文書に記述されていることが、すべての場合に真実であるかのような誤った印象を与えるものになっている。

(3)たとえば、1944年に米国陸軍戦時情報局心理作戦班がビルマにおいて19歳から31歳の朝鮮慰安婦20名を尋問した結果を記録した「心理戦チーム報告書NO.49」の中には、また別の慰安婦像が示されていることも事実である。特別報告者たる者は、多様な事情を虚心に分析して、バランスのとれた判断を行わなければならない。本件付属文書のごとき偏見に基づく一般化は、歴史の歪曲に等しい

5、ところで、特別報告者は、いわゆる従軍慰安婦問題についての日本政府の調査結果に対し、十分な注意を払うべきであった

(1)日本政府は、この問題について1991年12月から1993年8月にかけて網羅的な調査を行った

(2)この調査では、日本政府各省庁、国立国会図書館、米国国立公文書館の保管する関係資料230点以上を精査するかたわら、元従軍慰安婦の方々、元軍人、元朝鮮総督府関係者、元慰安所経営者、慰安所付近の居住者、歴史研究者等から幅広く聞取り調査を行っている。

また、韓国政府が作成した調査報告書、韓国挺身隊問題対策協議会、太平洋戦争犠牲者遺族会など関係団体が作成した元従軍慰安婦の証言集はもちろん、本問題に関する多数の出版物を参考にしている

(3)日本政府は、これらの資料を総合的かつ客観的に分析、検討した結果明らかになった本問題の実態を、1993年8月4日発表している(要添付)。当該発表資料(英訳)は、日本政府から、特別報告者にも手交されている。日本政府の調査の存在については特別報告者も若干言及しているが(パラ129)、日本政府の調査結果を特別報告者がどのように評価しておられるのかについては、残念ながら明らかにはされていない

6、結論

(1)以上のとおり、本件付属文書において記述されている事実関係は信頼するに足りないものであり、これを前提とした特別報告者の立論を、日本政府として受け入れる余地はない

(2)なお、日本政府としては、本件特別報告者が、50ないし60年以上も前の本問題について責任ある調査を行うことができなかったにもかかわらず、いかなる意図をもって本件付属文書を提出したのか、そのそもそもの合理性に対し、強い疑問を覚えるものである。

(3)日本政府は、本件特別報告者がこのように無責任かつ不適当な本件付属文書を国連人権委員会に提出したことを遺憾に思うとともに、人権委員会の本件付属文書の取り扱い方によっては、特別報告者制度一般ひいては人権委員会そのものに対する国際社会の信頼を損なう結果となることを深く憂慮するものである。


第4章 法律面に関する反論

Ⅰ.特別報告者報告書付属文書1に係る国際法上の基本的論点

法的論点に係る特別報告者の具体的主張について個別にコメントを行う前に本件報告書付属文書1に係る国際法上の基本的論点を整理しておくことが有益を考えられる。なお、以下の理論は国際法の基礎知識として常識の範疇に属するものと言えるが、国際法に精通していない法律家がしばしば陥りやすい盲点でもあるので注意が必要である

1、国際法の法源及びその適用

(1)国際法は国際法主体である国家間の関係を規律する法であり、あくまで国家間の合意に基づいて形成、適用及び執行される。国際法の主要な法源としては条約及び慣習国際法が挙げられる。一般に、条約は、国家相互の明示の合意によって成立し、その条約に参加した諸国間だけに妥当するために、特別国際法として存在するが、慣習国際法は、諸国家の慣行を基礎にして成立し、国際社会を構成するすべての国家を拘束する一般国際法として存在するとされる。

(2)特別報告者は、本件付属文書において法的論点に係る主張を展開する中で、何らかの条約又は慣習国際法の存在を前提とし、一定の規範が国際法上確立している旨しばしば主張している。しかし、特別報告者が前提とする条約又は慣習国際法が、我が国を拘束するものとして有効に存在していたか否かについては、以下のような国際法上の原則に照らして慎重に検討することが必要である。

(イ)条約については、関係国が当該条約の当事国、即ち、「条約に拘束されることに同意し、かつ、自国について条約の効力が生じている国」(条約国に関するウィーン条約第2条1(g))であるか否かを先ず点検する必要がある
  また、当事国である場合であっても、当事国間の合意内容に照らし、一定の行為等に条約の規定内容が適用されるか否かを次に検討する必要がある
(ロ)次に、慣習国際法は、「法として認められた一般慣行の証拠としての国際慣習」(ICJ規定第38条1項(b))であり、国際社会を構成するすべての国家を拘束する。したがって、国家の単なる立法政策又は国際礼譲として行われるものとは区別され、その成立要件としては、諸国家の継続した慣行と法的・必要的信念の存在が必要であるとされており、ローチュス号事件に関する常設国際司法裁判所判決(1927年)及び北海大陸棚事件に関する国際司法裁判所判決(1969年)においてもかかる考え方が示されている。したがって、一定の規範が慣習国際法として確立していると言うためには、まさにかかる「諸国家の継続した慣行と法的・必要的信念」の存在が必要なのである。

(3)以上の諸点との関係で、法的論点に係る特別報告者の主張は法律的な論理が欠如した主観的見解の表明であると言わざるを得ない

(イ)詳細は後述のとおりであるが、条約への言及については、例えば、1929年の捕虜に関するジュネーヴ条約に関する主張(パラ98)の如く、我が国が当事国ではない条約を論拠として我が国の条約違反を主張したり(併せて当該条約の定める規範が当時において慣習国際法として確立していたことを立正しているのであればともかく、かかる立正を行っているわけでもない。)、1904年の醜業ヲ行ハシムル為ノ婦女賣買取締ニ關スル國際協定等に係る主張(パラ102)の如く、条約の規定内容を何等点検することなく短絡的にすべて「従軍慰安婦問題」に結びつけ我が国の当該条約違反を主張している。
(ロ)慣習国際法への言及については、何等の論拠も示すことなく慣習国際法であると主張しており、例えば、1921年の婦人及兒童ノ賣買禁止ニ關スル國際條約に関する主張の如く、「諸国家の継続した慣行と法的・必要的信念」を何等検討することなく、また、誰が論じているのかも明らかにしないまま、「同条約は、当時存在していた慣習国際法を示すものと論じられている」旨述べている(パラ102)

2、時際法(intertemporal law)の理論

(1)国際法学者ブラウンリーがその著書「国際法学」において述べているとおり、「ある意味で、法は歴史である。」。即ち、法は歴史を反映し、また、歴史と共に変化するものである。その意味で、「社会あるところに法あり。」(ubi societas, ibi jus)とも言われる。したがって、歴史の一時点における一定の行為乃至事実について法的な評価を行う場合にはその時点において有効な法(contemporary law)に基づいて評価する必要がある

(2)国際法においても、法の主体である国家が長い生命を持つために、年月の経過の間に法規内容が変わり、法の変化前に生じていた行為乃至事実について、それが新旧いずれの法によって支配されるべきかが問題となることが多い。このような法の時間的抵触を解決するための規則が一般に時際法と呼ばれている理論であるが、時際法においては旧法時代に発生した事実は新法によって影響を受けないというのが一般原則である。したがって、例えば、権利の取得については、取得したと主張する当時に有効であった国際法に基づき判断されるのであって、現行法規の遡及的な適用は、当事国間の合意なき限りは認められない。この考え方は、後述のとおり条約法に関するウィーン条約第28条に明確に示されている。新法の遡及的適用を認めることによって、既に成立している権利を否定し、又は、当時成立していなかった権利を当時において認められていたものとすることは、法的安定を害するとされるからである。具体的には、例えば、国際紛争解決の手段としての戦争が認められていた時代には、征服は有効な領域取得の権原と認められていたが、今日では武力の行使が禁止されているので有効な権原とはいえない。然るに、今日の国際法を適用して、かつて征服により取得された領域はすべて国際違法行為によって取得されたものであり返還されるべきであるとの議論を展開することは、現在の国家領域秩序を全面的に修正する結果を招くことになろう。また、人権侵害を受けた被害者又はその遺族による加害国家への補償請求を可能とする法の遡及適用を認める議論(パラ122。加えて、特別報告者は、かかる補償請求権は時効にかからない旨主張している。パラ124)は、およそ過去の戦争により人権侵害を受けた被害者又はその遺族はすべて加害国家に対して補償請求を行うことが可能であるとの結論を招くことになるが、世界史における数々の戦争の被害者の遺族等が今日、加害国家に対して補償請求権を行使することができるとすることが、現在の国際関係を根本的に混乱させるものであることは論を待たないのであり、また、かかる事態を招くような規範が国際法として確立していることにつき、国際社会の多数の国が同意乃至許容していると考えることには根本的に無理があるのである。

(3)なお、時際法の理論が国際法上確立していることについては、例えば、国際法学者フィッツモーリスは、英国国際法年鑑(1953年)において「問題となっている事態の評価及び条約の解釈は、今日存在するものではなく当時存在した国際法の規則に照らして行わなければならないということは、今や国際法の確立した原則とみなすことができる。」旨述べている。更に、特別報告者が引用する国際法律家委員会の報告書において権威あるものとして引用されているオッペンハイム「国際法」第9版(1992年)においても、「法的事実は当該事実が起こった時代の法に照らして評価されなければならないとの一般原則」の存在が明示されている。

(4)また、かかる一般原則は国際法の一法源としての条約についても当然にあてはまるものであり、条約法に関するウィーン条約第28条は、「条約は、別段の意図が条約自体から明らかである場合及びこの意図が他の方法によって確認される場合を除くほか、条約の効力が当事国について生ずる日以前に行われた行為、同日前に生じた事実又は同日前に消滅した事態に関し、当該当事国を拘束しない。」旨規定し、かねてより慣習国際法として確立していた条約の不遡及の原則を確認している。なお、同条に関しては、国連国際法委員会作成コメンタリーは以下のとおり述べている。「適当であると考えるならば、当事国が条約又は条約規定のいずれかに遡及効を与えることを妨げる何者も存在しない。それは本質的に当事国の意思の問題である。しかしながら、一般原則は、もしそのような意思が条約中に明示されているか、又は条約の文言から明らかに黙示されるかでない限り、条約が遡及効を持つことを意図されているとは見なすべきでない、とするものである。この原則は、アムバチエロス(先決的抗弁)において国際司法裁判所により承認され適用された。この事件において、ギリシャ政府は、1926年の条約に基づき、1922年と1923年にとられた行為に基礎を置く請求を提出する権利があると主張した。その主張が、条約は遡及効を有しないという一般原則に反するものであることを認めて、ギリシャ政府は、1922年と1923年の間においては1926年条約のそれと類似の規定を含む1886年の条約が当事国間において有効であったと論ずることにより、その主張を特別の場合として正当化しようと求めた。この議論は裁判所によって却下されたが、裁判所は次のように述べた。『この説を受け入れることは1926年条約第29条に遡及効を与えることを意味する。しかし、この条約の第32条は、本条的、即ち、本条約の全規定は、批准と共に直ちに効力を生ずるものと述べている。もし遡及的解釈を必要とする何らかの特別規定又は何らかの特別目的があったならば、そのような締結の仕方は退けられていたであろう。本事件においては、そのような条項も目的も存在しない。それ故、その規定のいずれかが条約締結前に効力を有していたと見なすべきである、と考えることは不可能である。』」また、同コメンタリーは、右との関連で、特に、人権関連条約との関係についても言及し、「人権及び基本的自由保護のためのヨーロッパ条約の下では、多くの場合に、ヨーロッパ人権委員会は、同条約が当該国について発効するより以前に起こったとされる人権侵害の主張に関する苦情を受理する権限を有しないと考えた」旨明言している。

(5)なお、条約又は慣習国際法に基づく一定の規範が確立している場合であっても、その具体的対象事項及び権利等の実現のための手続が時代と共に変化し、精緻化していく場合もある。かかる傾向は、特に、人権・人道関連条約に多く、戦争における悲惨な経験等を踏まえて徐々に対象事項が具体的になり、また、権利等の実現のための手続が整備され、精緻化していくのである。例えば、後に詳述するが、醜業婦売買の規制に関する一連の条約は対象事項の精緻化の典型的な具体例として挙げられよう。即ち、1904年の醜業ヲ行ハシムル爲ノ婦女賣買取締ニ關スル國際協定は、外国における醜業を目的とする婦女売買に関する関係国間の情報交換等につき規定するにとどまっていたものが、1910年の醜業ヲ行ハシムル爲の婦女賣買禁止ニ關スル國際條約及び1921年の婦人及兒童ノ賣買禁止ニ關スル國際條約では醜業目的の婦女誘引者等の処罰につき規定され、更に、1950年の人身売買及び他人の売春からの搾取の禁止に関する条約では、売春宿の経営や売春のための場所の提供をも処罰の対象とするようになり、徐々にその内容が精緻化されていった点に注目する必要がある(尤も、この場合も、いずれにせよ、個人の権利を実現するための手続についての規定は何等整備されていない。)。しかしながら、この場合であっても、かかる実体法の問題については上述の時際法の理論が妥当する。即ち、特別報告者は、本件付属文書1「Ⅸ.勧告」において、日本帝国陸軍により設置された慰安所制度が国際法上の義務違反であると主張しているところ、そもそも右が売春を目的とするものであるか否かとの議論はさておき、醜業婦売買の規制に関する一連の条約との関係では、売春宿の経営や売春のための場所の提供を処罰の対象としたのはあくまで1950年の条約が初めてであるところ、1950年の条約により創設された規範が1904年、1910年及び1921年の条約作成時点においても有効であったとの遡及効果を認めることにはやはり無理があるのであり、あくまで適用しようとする行為が行われた時点における当該規範の内容を逐一点検する必要があるのである。なお、この点に関しては、前述のオッペンハイムの「国際法」においても、前述の時際法の一般原則に触れつつ、「条約の文言は、一般に、当該条約が締結された時点における意味合いを基礎に、また、当時の状況を踏まえて解釈されるべきである。」とされており、また、前述の条約法に関するウィーン条約第28条に係る国連国際法委員会のコメンタリーにて引用されているアムバチエロス事件にかんする国際司法裁判所判決も、かかる原則を確認したものである。一般に、条約の作成時点において所定の規定に照らして合法とされた当事国の行為が、時代の変遷と共に同規定の内容が精緻化された後に違法とされることは著しく法的安定を害するものであることは言うまでもない。

(6)具体的には、特別報告者は、その主張の一環として1949年のジュネーヴ条約等の戦後の国際法を根拠に戦前及び戦中の行為が違法であったとの主張を展開し、我が国の国家責任を結論付けており(パラ96及び97)、また、前述のとおり醜業婦売買の規制に関する一連の条約を挙げたり(パラ102)、更に、ヘーグ陸戦規則第46条の「家の名誉及び権利」についても既にその内容として女性が屈辱的強姦を受けない権利が含まれていたと断定した上で(パラ104)、右権利に基づき個人としての補償請求権まで認められると主張している。しかしながら、かかる主張が上述の時際法の理論に照らして失当であることは後に詳述するとおりである。

Ⅱ.特別報告者報告書付属文書1の個別の法的論点に対する具体的コメント

上記Ⅰ.で整理した国際法の基礎知識を前提に、以下、特別報告者報告書付属文書1に含まれる個別の法的論点につきコメントする。

1、「Ⅰ.定義」について

(1)特別報告者の主張

日本国政府は、1926年の奴隷条約第1条1に規定された「奴隷制度」の定義(「その者に対して所有権に伴ういかなる又はすべての権力が行使されている者の地位又は身分」)を「従軍慰安婦」のケースに適用することは国際法上正確ではない旨主張しているが、差別小委、奴隷制作業部会等の人権関連の国連フォーラムにおける議論、また、「従軍慰安婦」との用語は被害者の苦しみを反映するものではないことにかんがみれば、「軍隊性的奴隷」との用語が正確且つ適当

(2)コメント

(イ)最近の人権関連の国連フォーラムにおいて特別報告者が指摘するような奴隷関連の議論が行われていることは事実であるが、右は奴隷制度の現代的形態につき議論を行う中で「従軍慰安婦」にも触れて、右を「奴隷制度に類似した取扱い」としているものの、当時の国際法上、いわゆる「従軍慰安婦」の制度が「奴隷制度」であったことを主張又は証明するものでは全くない。また、先に時際法の理論として述べたとおり、「問題となっている自体の評価…は、今日存在するものではなく当時存在した国際法の規則に照らして行わなければならない」ところ、「奴隷制度」に係る現在の議論を根拠として当時のいわゆる「従軍慰安婦」の制度を「奴隷制度」と定義することは法的議論として成立しない

(ロ)なお、当時の国際法上は、奴隷条約第1条1に規定された「奴隷制度」の定義が一般に受け入れられていたとされており、Max Planck Instituteの「国際公法辞典」も「1926年の奴隷条約の締結以来、国際法において使用される『奴隷制度』という用語は、『その者に対して所有権に伴ういかなる又はすべての権力が行使されている者の地位又は身分』として定義されてきた(第1条1)。」旨明言している。しかしながら、「従軍慰安婦」については、93年8月に発表し、また、国連人権小委員会第45会期に提出した我が国政府の調査結果によれば、かかる「地位又は身分」は確認されていないところ、いわゆる「従軍慰安婦」の制度が国際法上の「奴隷制度」に該当すると断言することは困難である

(ハ)以上のとおり、いわゆる「従軍慰安婦」の制度を「奴隷制度」と定義することは法的観点からは極めて不適当であるところ、無用の法的インプリケーションを想起せしめる「奴隷制度」という用語を殊更に使用することは適当ではない

(ニ)因に、いわゆる「従軍慰安婦」の制度が「奴隷制度」に該当すると仮定する場合であっても、当時の国際法上、「奴隷制度」の定義が確立していたとしても、一般に、「奴隷制度」の禁止が慣習国際法上確立していたとまで言うことは出来ない。例えば、特別報告者が引用する国際法律家委員会報告書において権威あるものとして引用されているオッペンハイムの「国際法」の戦後(1995年)に発刊された第8版においてさえも、「人間が同じ人間に課してきた二つの大きな災いである奴隷制度及び奴隷取引を慣習国際法が禁止していると言うことは困難である。」旨明言されている。

(ホ)また、1926年の奴隷条約自体については、我が国は締約国ではない。更に、もとよりその規定内容は、「あらゆる形態の奴隷制度の完全な廃止を漸進的に及びできる限り速やかに実現する」ための「措置をとることを約束する(第2条)」ものであり、「奴隷制度」の禁止そのものを義務付けるものではないところ、同条約締約国における「奴隷制度」の存在が直ちに当該国の同条約違反を構成するものでもないと考えられる。

2、「Ⅶ.日本国政府の立場(法的責任)」について

(1)国際違法行為の有無

(イ)特別報告者の主張

(a)日本国政府は法的義務を認識していないが、日本国政府は本件に関し法的及び道義的責任を負う。即ち、日本国政府は、1949年のジュネーヴ諸条約及びその他の国際約束は第二次世界大戦中には存在せず、したがって、国際人道法違反には責任がなかったと論じているが、旧ユーゴ国際刑事裁判所の設立に関する国連事務総長報告や国連国際法委員会(ILC)報告において、同条約は慣習国際法であるとされている
(b)また、1929年の捕虜に関するジュネーヴ条約第3条は、婦人は女性に対する一切の斟酌をもって待遇されるべき旨規定し、国際軍事裁判所(IMT)条例、東京裁判所条例は戦前及び戦中における文民に対する奴隷化、非人道的扱いを人道に対する罪としている
(c)1949年のジュネーヴ諸条約が当時は適用されず、また、1929年のジュネーヴ条約は締約国ではない日本には適用されないとしても、日本は1907年のヘーグ陸戦条約及び同附属規則の当事国である。同条約には総加入条項があるが、同附属規則の規定は当時慣習国際法として確立していたのであり、同規則第46条の家の名誉と権利には女性が屈辱的強姦を受けない権利が含まれていた。
(d)また、日本は、1904年の醜業ヲ行ハシムル爲ノ婦女賣買取締ニ關スル國際協定、1920年の醜業ヲ行ハシムル爲ノ婦女賣買禁止ニ關スル國際條約及び1921年の婦人及兒童ノ賣買禁止ニ關スル國際條約の締約国である。1921年条約に関しては、日本は朝鮮の適用除外を宣言する権利を行使したが、右は朝鮮出身以外の「従軍慰安婦」は日本の条約違反を追及できるということを意味しよう。また、国際法律家委員会は、朝鮮出身の「従軍慰安婦」が朝鮮半島から日本本土に入域すれば同条約が適用されるとしている。更に、1921年条約は当時慣習国際法として確立していた

(ロ)コメント

(a)特別報告者は、国際人道法の分野におけるいくつかの条約を挙げて、我が国の国際法違反を論じているところ、先ず、特別報告者が本件行為に関する法規範であるとする「国際人道法」の存否について検討する
(ⅰ)先に時際法の理論として述べたとおり、現在慣習国際法となっている国際人道法の内容が、現在慣習国際法であるが故に本件行為が為された時点においても当然に慣習国際法であったとすることはできず、右国際人道法が本件行為に適用されると主張し得るためには、右国際人道法が当時において慣習国際法であったことを「諸国家の継続した慣行と法的・必要的信念」の観点から論証する必要がある。なお、特別報告者は、旧ユーゴ国際刑事裁判所の設立に関する国連事務総長報告において、「罪刑法定主義の原則の適用は、国際裁判所が、何ら疑いなく慣習法の一部となっている国際人道法の規則を適用すべきことを要請すると国連事務総長は考える」とされ、「疑いなく慣習国際法の一部となっている慣習的な国際人道法」として、1949年のジュネーヴ諸条約、1907年のヘーグ陸戦法規、1948年の集団殺害罪の防止及び処罰に関する条約及び1945年の国際軍事裁判所条例が挙げられていることから、直ちにこれらの条約が、戦前及び戦中において慣習国際法として確立していたかの如く主張するが、数年前に発表された本件報告書の趣旨は、旧ユーゴ国際刑事裁判所における適用法規としてこれらの条約が今日において慣習国際法として確立していることを述べることが趣旨であって、これらの条約が第二次世界大戦前及び戦中においても慣習国際法として確立していたことは何等述べていないのである。また、特別報告者は、1994年の国連国際法委員会(ILC)第46会期報告書において、1949年のジュネーヴ諸条約の重大な違反が慣習国際法の下の戦争犯罪と重複する部分があるとされていることを重要なことであるとして取り上げているが、これも、これから作成されるべき国家責任に関する条約草案の起草作業の過程においてかかる議論がなされているのみであり、ジュネーヴ諸条約の重大な違反に該当するものが、現在において慣習国際法である旨述べるものではあっても、戦前及び戦中においても慣習国際法の下の戦争犯罪として確立していたとは全く述べていない
(ⅱ)なお、我が国としては、本件行為が為された当時、文民の保護に関する1949年ジュネーヴ条約、集団殺害罪の防止及び処罰に関する条約及び国際軍事裁判所条例の内容が慣習国際法として確立していたか否かについては議論があり、当時慣習国際法として認められていたとは言えないものと承知している。例えば、文民の保護に関する1949年ジュネーヴ条約のコメンタリーによれば、「この条約は、…過去にひどく欠落していた文民の保護をついに実現する新規のもの」であり、同条約の発効日は、「同条約が国際法の不可分の一部となる日」とされ、また、同条約の起草経緯について、「多くの文民が犠牲となった第二次世界大戦の間の悲劇的出来事により、(文民の保護という)極めて重要な問題は特別な規則によってのみ解決され得ることが明らかとなった。また、完全に新しく独立した外交文書が起草されなければならないと認識された。準備作業に参加した者は、そのような文書を念頭に置いていた。」としている。また、「ニュールンベルク裁判と国際法」においてレシェートフは、「第二次世界大戦後、国際社会は、国内法のみならず国際法においても人権の保護と尊重のための義務的規範が確立され、ジェノサイドやアパルトヘイトといった犯罪及びその他の類似の慣行が決定的方法で禁止されなければならないとの立場に着実に近づいていった。したがって、人権を尊重、保障する一般的な国家の義務につき規定する人権分野の国際法文書に加えて、人道に対する罪の禁止及び防止に関する具体的規範を含む多くの国際協定が作成されるようになった。」としており、また、同書においてクラークは、「人道に対する罪という概念は、1945年においてはまったく一般的なものではなかった。」旨明言している。
(ⅲ)さらに、当時の戦時国際法上、本件行為が自国民に対して為された場合についてまで、我が国が賠償義務を負い、又は、我が国軍隊の構成員が戦争犯罪を理由として処罰されるとすることはできない
(ⅳ)他方、本件行為が敵国民に対して為された場合については、オッペンハイムの「国際法」においても、当時の国際法上平和条約は戦争の最終的な解決と考えられ、同条約に別段の明示的な定めがない限りは恩赦条項の有無にかかわらず、すべての平和条約の効果として、その締結前に交戦当事者の軍隊の構成員等によって為された戦争犯罪が締結後に処罰されることはなく、かかる戦争犯罪を犯し、捕らえられた個人は解放されなければならないとされている。また、本件行為に関するものを含め、我が国は、先の大戦に係る賠償及び請求権の問題については、サンフランシスコ平和条約及びその他の二国間の条約等により誠実に対応してきているところである。
(ⅴ)なお、特別報告者が「犯罪」という概念に言及している箇所については、あたかも我が国による国際法上の「犯罪」が行われたかの如くの誤解を与えるおそれがあるものと思われるが、国家による「犯罪」という概念が当時はもとより現在においても国際法上確立していないことは、まさに、現在、国連国際法委員会において、右については議論が行われており、未だ条約草案がまとまっていないことからも明らかである。
(b)以上により、我が国が、現在、本件行為に係る処罰・賠償を行う法的義務を何ら負っていないことは明らかであるが、なお、本件行為が当時の国際人道法に照らして違法であったか否かにつき検討すれば以下のとおり
(ⅰ)特別報告者は、本件行為が、捕虜に関する1929年ジュネーヴ条約の第3条に違反するとの主張を行っているが、そもそも同条約については、特別報告者が示唆するとおり、我が国は締約国ではなかった
(ⅱ)ヘーグ陸戦規則第46条の「家の名誉及び権利」については、文民の保護に関する1949年ジュネーヴ条約のコメンタリーによれば、「1907年のヘーグ第四条約附属規則は、文民に適用される条項を含んでいるが、文民の保護は、敵国軍隊による領域の占領との関連でのみ考慮される」とされている。また、「家の名誉及び権利」が、強姦から保護される女性の権利を含むものであったとの特別報告者の主張との関連では、同コメンタリーは、「規則は占領者が法及び秩序を維持すべき原則的宣言及び家の権利、人命及び私有財産の尊重義務といったいくつかの基本的な要素につき規定するにとどめている。」としており、実際、同規定はあくまでも各国の国内法(陸軍軍隊に対する訓令)として受容されるべき一般的な原則を定めたものに過ぎない。
 (c)特別報告者は、醜業婦売買の規制に関する一連の条約を引用しているが、そもそも、これらの条約の趣旨、目的は、各条約前文において明示されているとおり、当時、いわゆる“Traited des Blanches”と呼ばれていた醜業を行わせるための婦女売買が横行していたことを背景として、かかる婦女売買の規制措置をとることを定めたものである。したがって、これらの条約がいわゆる「従軍慰安婦」の問題に適用されるかについては慎重に検討する必要がある。
  仮に、これらの条約がいわゆる「従軍慰安婦」の問題に適用されるとする場合であっても、先ず、1904年の醜業ヲ行ハシムル爲ノ婦女賣買取締ニ關スル國際協定は、外国における醜業を目的とする婦女売買に関する関係国間の情報交換、醜業婦に関する措置等につき規定するものであり、婦女子売買の禁止自体を規定するものではない。また、1901年の醜業ヲ行ハシムル爲ノ婦女賣買禁止ニ關スル國際條約及び1921年の婦人及兒童ノ賣買禁止ニ關スル國際條約については、他人の情欲を満足させるため醜業を目的として未成年の婦女を誘引等した者の処罰につき規定しているが、処罰のために必要な措置は事実上締約国に任された形になっており、我が国としては、当時の国内法上可能な範囲内で必要な措置は担保してきている
  なお、醜業婦売買の規制に関する一連の条約は、Ⅰ.2、(5)において述べた規範の具体的内容が時間と共に精緻化していくとの一例でもある。即ち、当初は情報交換等につき規定するにとどまっていたものが、醜業目的の婦女誘引者等の処罰を経て、1950年の人身売買及び他人の売春からの搾取の禁止に関する条約では、更に精緻化し、売春宿の経営や売春のための場所の提供をも処罰の対象とするに至る。なお、特別報告者は、本件報告書付属文書1の「Ⅹ.勧告」において日本帝国陸軍により設置された慰安所制度が国際法上の義務違反であると主張するが、そもそも右が売春を目的とするものであるか否かの議論はさておいても、醜業婦売買の規制に関する一連の条約との関係では、売春宿の経営や売春のための場所の提供を処罰の対象としたのはあくまで1950年条約が初めてであり、かかる規範内容があたかも1904年条約の当時から存在していたかの如く主張することが失当であることは、Ⅰ.2、(5)において時際法の理論を引いて述べたとおりである。
  特別報告者は、1921年条約に関しては、日本は朝鮮の適用除外を宣言する権利を行使したとし、右は朝鮮出身以外の「従軍慰安婦」は日本の条約違反を追及できるかの如くの主張を展開する。しかしながら、右主張については、そもそも個人の請求権に係る問題があるところ、右については後述する。

(2)サンフランシスコ平和条約による処理

(イ)特別報告者の主張

日本国政府は、仮に国際法違反があったとしても右に係る責任はサンフランシスコ平和条約等により処理されており、賠償及び請求権に係るすべての問題はこれらの条約等の当事国との間で解決済みである旨主張する。しかしながら、国際法律家委員会の報告書が指摘するとおり、これらの条約等は個人の損害に係る請求権を含むものと意図されてはいなかったし、交渉過程においても「従軍慰安婦」問題は議論されていない。したがって、国際人道法違反の結果についての日本国政府の法的責任は残る

(ロ)コメント

(a)Max Planck Instituteの「国際公法辞典」によれば、そもそも戦争賠償は、征服者に対して敗者が貢ぎ物を捧げるという古代の慣習に由来し、18世紀末頃には戦争の終結後に戦勝国が敗戦国から賠償(indemnity)を取り立てることが一般的となったが、その背景にあるのは、戦勝国は敗戦国から軍費を回収する権利を有するとの戦費補償の概念であり、戦時法規違反に起因する国家責任の追及という考え方は、当時の賠償請求の根拠としては明確化されていなかった。第一次世界大戦はそれまでの戦争とは異なり総力戦となり、その結果、一般国民もまた損害を被った。右を受けて、ヴェルサイユ条約等の平和条約では、「賠償」に当たる用語が、indemnityからreparationに置き換えられ、その意味も戦費補償ではなく、戦時法規違反の行為も含め敗戦国の武力攻撃により戦勝国とその国民が被った一切の損害に対して責任を有する敗戦国の支払いと解されるようになった。ヴェルサイユ条約ではその附属書の一つに賠償の対象となる種目を列挙しており、その中で敗戦国の攻撃や虐待行為等による「普通人民」の損害が含まれている。更に、第二次世界大戦に係る賠償問題の処理においては、敗戦国の軍事行動に基づく損害はすべて賠償することが原則とされるようになり、サンフランシスコ平和条約第14条も、「日本国は、戦争中に生じさせた損害及び苦痛に対して、連合国に賠償を支払うべきことが承認される。」旨規定している。
(b)他方、賠償額の算定については、理論的には個人の損害につき個別的に検討して右を積み上げてこれを弁済するという方式(いわゆる「積み上げ法sき」)があるが、実際問題としては、かかる個別の損害の法的根拠及び事実関係の立証は極めて困難であることが多いところ、かかる個別の損害の積み上げではなく、一般に戦勝国と敗戦国との間の合意により一定額を賠償額として決定し、右により賠償の問題を最終的に処理する方式(いわゆるlump-sum方式)がとられる。我が国による賠償の処理についてもかかる方式がとられており、右により、個人の損害も含めて国家間において賠償の問題を最終的に処理しているのである。なお、我が国が関係国との間で締結した賠償協定等に基づいて完済した賠償及び無償供与は、合計すると円換算で4868億2000万円(1ドル360円の換算レートで約13.5億米ドル相当)にも上る。
(c)上述の賠償問題等を解決した上で、戦勝国と敗戦国との間では、国交樹立(回復)の後、新たな関係を構築するために、それまでの法的な関係の完全な清算が行われる。一般に、平和条約では、敗戦国が一方的に賠償・補償請求権を放棄させられるが、戦勝国も無制限な請求が可能であるわけではなく、戦争の破壊により敗戦国の経済力にも大きな限界があることから、第一次大戦以降、戦勝国の請求権にも現実的な制約が課されるようになった。ヴェルサイユ条約では、ドイツの資源が戦勝国の損失及び損害の全部に対して完全な賠償をするには十分ではないことを認め、賠償を普通人民の身体及び財産に対する損害の補償に限定している(第232条)。第二次世界大戦後のイタリア平和条約では、イタリアによる請求権の放棄(第76条)を規定すると共に、工場設備の撤去、在外イタリア資産の処分、生産物の引き渡し等によるイタリアの賠償義務(第74条、第79条)を列挙した後、同盟及び連合国は、自国に与えられたこうした権利が、「同盟及び連合国の領域の占領のため執られた措置を含む戦争行為に因る損失又は損害で、イタリア国に帰せられ且つイタリア国の領域外で生じたものに対する自国の請求権及び自国民の請求権の一切を完償するものであること」を宣言する旨規定している(第80条)。入江啓四郎の「日本講和条約の研究」によれば、この規定は、「完償条項」又は「完償宣言」と呼ばれ、他に未償請求権があっても追及しないという意味であり、実質的には請求権の放棄に他ならない
(d)サンフランシスコ平和条約では、「日本国は、戦争から生じ、又は戦争状態が存在したためにとられた行動から生じた連合国及びその国民に対する日本国及びその国民の全ての請求権を放棄」(第19条)する旨規定し、日本側の戦争請求権の放棄を明示すると共に、「この条約に別段の定がある場合を除き、連合国は、連合国の全ての賠償請求権、戦争の遂行中に日本国及びその国民がとった行動から生じた連合国及びその国民の他の請求権」を放棄する旨規定し(第14条)、第14条から第16条までに規定する役務賠償や在外日本資産の引き渡し義務の履行により、連合国側のその他の一切の請求権が満足されたものと見なす旨の「完償条項」が規定されている。日本の請求権放棄の規定に加えて、こうした形での連合国側の請求権の放棄の規定が、第二次大戦の戦後処理で日本が締結した平和条約等には全て含まれている
(e)他方、我が国と戦後我が国から分離独立した国との間においても、上述の我が国と連合国との間の関係同様に、国交樹立の後、新たな関係を構築するために、それまでの法的な関係の清算が行われる。具体的には、財産及び請求権の問題が処理されるが、例えば、日韓間では、1965年の日韓請求権、経済協力協定第2条1は、「両締約国は、両締約国及びその国民(法人を含む。)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、…完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する」旨規定しており、「完償条項」が置かれている。なお、日韓国交正常化交渉においては、韓国側の個々の対日請求項目に対して、日本側は当初いわゆる「積み上げ方式」による請求権問題の解決を試みたが、十数年を経過し、特に朝鮮動乱を経た当時にあって資料の散逸などにより事実関係を正確に立証することは困難であったこと等から韓国側との同意の下、今後両国間の友好関係を確立するという大局的見地に立って、韓国の経済の発展に寄与するため、同国に対し、無償有償合計5億ドルの経済協力を行うこととし、これと並行して両国間の財産、請求権問題を完全かつ最終的に解決することとしたものである。なお、「積み上げ方式」による解決が困難であったことから、韓国国民個人の請求権については、日韓間の協定に基づいては個人の請求権に対する弁済が行われなかったが、韓国側において国内法による手当がなされたと承知している。
(f)以上のとおり、サンフランシスコ平和条約、日韓請求権・経済協力協定等においては他に未償請求権があっても追及しないという「完償条項」があるところ、サンフランシスコ平和条約等の交渉過程において「従軍慰安婦」問題が具体的に議論されていないとしても、いずれにせよ、我が国としては、サンフランシスコ平和条約等の定めるところを誠実に履行してきており、先の大戦に係る一切の賠償、財産請求権の問題は「従軍慰安婦」の損害の問題を含めてサンフランシスコ平和条約等の当事国との間では法的に解決済みである。また、関係国政府も右については同様の立場であると承知しており、現に特別報告者の報告書においても韓国政府が同様の立場である旨指摘されている

(3)個人の請求権

(イ)特別報告者の主張

(a)日本国政府は、条約により規定されない限り、個人は国際法上の権利・義務の主体にはなり得ない旨主張するが、国連憲章第1条は人権及び基本的自由の尊重を国連の目的としており、また、世界人権宣言第8条、自由権規約第2条(3)等は、個人の国家に対する救済請求権につき規定しているところ、個人がしばしば国際法の主体となることを証明し、また、個人の効果的救済を請求する権利が国際法上の規範となっていることを示している。国際法の下での適切な補償の権利はホルジョウ工場事件判決においても認められており、また、ファン・ボーヴェン報告書は、重大な人権侵害の被害者の補償請求権を認めている。
(b)また、補償は直接の被害者のみならず、適当な場合には親族、直接の被害者と特別の関係を持つ者も請求でき、更に、国家は、個人に対して賠償を行うのみならず、被害者達が集団で請求を行い、集団で補償を得られるよう調整すべきである。

(ロ)コメント

(a)伝統的国際法によれば、国際法は国家間の関係を規律する法であり、個人は原則として国際法上の権利・義務の主体にはなり得ない。右については、例えば、オッペンハイムの「国際法」においても、「国際法は主として国家間の法であるので、その限りにおいては、国家が国際法の唯一の主体である」とした上で、条約に基づく個人の権利に触れ、「かかる条約は一般に条約自身に基づく個人の権利に言及するが、右は、一般に、各国国内法の下では権利としては認められない。実際、かかる条約は一般に(国内法上の)権利を創設することはなく、締約国に対して国内法上かかる権利を創設することを義務付けるのである。また、国家が国際条約により自国民以外の個人の利益につき規定する場合であっても、これらの個人は一般に条約に基づく国際的な権利を享有するわけではなく、国家が国内法に基づきかかる利益を自国内の個人に対して供与することを他国に対して義務として負うということである。」とし、条約の国内的効力の問題及び条約に基づく個人の国際法主体性の問題を整理している。即ち、条約に個人の権利・義務が規定されている場合の多くは、個人は条約の客体として国内法を介して権利・義務を有するに過ぎないのである
(b)しかしながら、個人は決して国際法の主体にはなれないということではない。ブラウンリーも「国際法学」において述べているとおり、「一般に、条約は個人のために直接に権利・義務を創設することはない。しかし、そうすることが当事国の意思であった場合には、この意思に効力を与えることができる」のである。但し、個人が国際法の主体として認められるためには、田畑茂二郎が「国際法新講」において述べているとおり、条約に個人の権利・義務が規定され、また、個人が母国の外交保護権を介さずに直接自己の権利を主張、実現したり、個人の義務違反が直接追及されたりする国際法上の手続きが保障されていなければならない。また、フェアドロスも、個人の権利能力の取得には、個人が国家を相手取って一定の作為・不作為を請求し、直接に権利の執行・実現をはかれるように、国際機関その他の特別の国際制度による救済手続の存在を条件とするのであり、特に、国際裁判所で出訴権を認められる場合に、国際法主体としての権利能力が与えられるとしている。
(c)この関連で注目されるのは、第一次世界大戦後のヴェルサイユ条約において、連合国の国民は、同条約第304条に基づいてドイツと各連合国との間で設立される混合仲裁裁判所において、同条約の規定に直接基づいて有する連合国民の財産的損害の賠償請求権を個人として独自に行使し、支払いを受け得ることになっていることである。この様な場合には、個人の請求権はヴェルサイユ条約という国際法に基づく、国際法上の権利であると言える。しかし、ヴェルサイユ条約のような規定は例外的なものであり、第二次世界大戦時に至っても、個人が直接国際法に基づいて加害国に対して民事上の損害賠償を追及し得るまで、国際法の整備は進んでおらず、我が国が当事国である戦後処理関連の条約においてもかかる整備はなされていない。したがって、ブラウンリーが「国際法学」において述べるとおり、「国際的請求を提起する能力を有するのは国家であるという規則が、依然として慣習国際法上維持されている。」のであり、「概して言えば、個人の訴訟上の地位は、1920年以来それほど変わっていないのである。」なお、かかる考え方は、マブロマチスのパレスタイン特許事件常設国際司法裁判所判決(1924年)及びノッテポーム事件国際司法裁判所判決(1955年)においても判示されている。
(d)特別報告者は、以上に対する反論として、国連憲章、世界人権宣言及び自由権規約等の国連人権文書は、国家に対する個人の権利を定めており、しばしば個人が国際法の主体となり得ることを示しているのであり、したがって、個人が効果的救済を請求する権利が国際法上の規範となっている旨主張する。しかしながら、国連憲章第1条は、国際連合の目的の一つとして、「人権及び基本的自由の尊重の助長奨励のための国際協力」を規定しているに過ぎない。また、世界人権宣言は、国連総会によって採択された宣言であって、条約ではなく、法的拘束力を有するものではない。これは、締結手続規定等を有しないという形式面からも、また、前文において本宣言を「社会の各個人及び各機関が、常に念頭におきながら、努力する」ことを目的とした「すべての人民とすべての国とが達成すべき共通の基準」と位置付けていることからも明らかである。なお、ブラウンリーも、「国際法学」において、「世界人権宣言の採択は、条約の形をとることになる規約の準備へ向けての第一歩であると広く考えられた。勿論、同宣言は国連総会の決議の中に含まれたものであって、拘束力を持つよう意図されたものではなかった。」旨述べている。更に、自由権規約第2条3は、個人が同規約に規定された諸権利を侵害された場合に救済措置が講じられることを確保するという締約国の他の締約国との関係での義務について定めたものであり、個人の国家に対する権利を認めたものではない。加えて、これらいずれについても、前述のような個人が母国の外交保護権を介さずに直接自己の権利を主張、実現したり、個人の義務違反が直接追及されたりする国際法上の手続は何等保障されていない。以上より、特別報告者の掲げる国連人権諸文書は、個人が国際法上の権利の主体であり、国際法上国家に対し救済を請求する権利を有することを根拠付けるものではない。
(e)特別報告者は、国際法の下での適切な補償の権利は確立しているとし、ホルジョウ工場事件判決においては、損害の正確な額が不明である場合であっても条約違反は義務を伴うとの法原則が認められている旨主張している。確かに、本件に係る常設国際司法裁判所の判決文において、「条約の違反が損害賠償の義務を惹起することは国際法上の原則であり、法の一般原則ですらある。既に、判決第八において、損害賠償は条約の違反の不可欠な補完であること、これを条約そのもののうちに規定しておく必要のないことを…述べた。のみならず、実定国際法の一分子として、賠償の義務を確定する原則の存在することは…かつて争われなかった」と判示されているくだりは存在する。しかしながら、同事件は、独がポーランドに対してジュネーヴ条約締約国としての自国が受けた損害の賠償を求めた事件であり、あくまで国家間における国際法違反と賠償の問題につき判示したに過ぎず、個人の国家に対する国際法上の請求権を認めたものでは全くない。実際、判決文は以下のとおり述べる。「窒素会社の受けた損害に基づく賠償の請求は直接に会社の損害の補償のためであるか、ジュネーヴ条約の違反に基づくドイツの損害の賠償のためであるか。ポーランドは、ドイツが最初に前者を主張し、後に後者を主張したから請求の目的を変更したことになるとして争った。しかし、ドイツの請求の目的はジュネーヴ条約の当事国として受けた損害の賠償を得ることにある。不法行為に対する賠償が、その不法行為の結果として被害国の国民の受けた損害に相当する補償から成り立ち得ることは国際法の原則である。これは賠償の最も通常の形式でさえある。一つの国家が他の国家に対して支払うべき賠償は、それが私人の受けた損害を計算の手段とする補償の形式をとるという事実によって性質を変更するものではない。賠償を規律する法規は、当該二国間で効力を有する国際法の法規であって、不法行為を行った国と損害を受けた個人との関係を規律する法ではない。侵害によって損害をうけた個人の権利又は利益は、同じ行為で侵害された国家の権利とは常に異なる平面にある。したがって、私人の受けた損害は国家の受ける損害とは性質において同じではなく、前者は国家に支払われるべき賠償の金額の計算のための便宜的尺度を提供するに過ぎない。裁判所は原告が訴訟目的を変更したとは考えない。」なお、横田喜三郎元国連国際法委員会委員は、本件判決を、「要するに、国家と私人との関係に関する国際法上の通説の見解に従って、それを忠実に賠償の性質の決定に適用したものである。」と評している。
(f)また、特別報告者は、ファンロボ-ヴェン報告書を自己の見解のオーソリティーとして引用しているようであるが、同報告書は、国際法上、国家による人権侵害に対して被害者個人が賠償請求権を有する、各国は人権侵害行為を行った者を処罰する義務がある、重大な人権違反については時効は適用されない等の見解を展開しているところ、これらは前述又は後述のとおり国際法上一般的とは到底認められない見解であり、かつ、同報告書はこれらの見解を十分な国際法上の根拠を示さずに展開しているのであって、右報告書を国際法上一般的なオーソリティーとみなすことはできない
(g)親族等の補償請求権、集団の請求及び補償云々の議論については、「親族」、「集団」の範囲、概念が不明確であるが、右をさておいても、そもそも「人権」は、個人の権利であり、当該個人以外の者がこれを処分することは不可能な権利である。また、親族等の補償請求権、集団の請求及び、補償といった「諸国家の継続した慣行と法的・必要的信念」は認められず、当時の国際法はおろか現行慣習国際法上もかかる権利が確立したものとは全く認められない。

(4)責任者の特定、訴追及び処罰

(イ)特別報告者の主張

(a)責任者の訴追、処罰の問題を議論する国際人権団体については日本国政府は懸念を表明した。責任者の訴追及び処罰は国際法の下での国家の一般的な義務ではないとの理解がある。しかし、戦争犯罪による個人の訴追は依然として国際法の下での一つの可能性ではある
(b)軍の構成員は合法的な命令にのみ従う義務があるところ、同構成員は、命令に従い国際人道法に違反する行為を行った場合に責任を免れることはできない
(c)「従軍慰安婦」は非人道的な行為であり、人道に対する罪を構成するところ、時間の経過、情報の僅少さといった問題はあるが、日本国政府は可能な限り訴追を試みる義務がある

(ロ)コメント

(a)そもそも国際人道法違反があったか否かの問題については上述のとおりである。なお、仮に、国際人道法違反があったとしても、人権の侵害行為を行った者の処罰義務に関しては、戦後作成された国際人道法関係の条約においては、例えば、1949年のジュネーヴ諸条約や1977年の同条約の追加第一議定書のように、国家に対してそのような国内的措置をとる義務を課しているものがあることは事実であるが、かかる条約から離れて、かかる処罰についての「諸国家の継続した慣行と法的・必要的信念」が当時において存在していたとは認められず、特別報告者も、かかる処罰義務が当時の国際法上確立していたとは述べていない。また、いずれにせよ、オッペンハイムの「国際法」においても、当時の国際法上平和条約は戦争の最終的な解決と考えられ、同条約に別段の明示的な定めがない限りは恩赦条項の有無にかかわらず、すべての平和条約の効果として、その締結前に交戦当事者の軍隊の構成員等によって為された戦争犯罪が締結後に処罰されることはなく、かかる戦争犯罪を犯し、捕らえられた個人は解放されなければならないとされていることは前述のとおりであり、我が国としては、本件行為に関するものを含め、先の大戦に係る賠償及び請求権の問題については、サンフランシスコ平和条約及びその他の二国間の条約等により誠実に対応してきているところである。
(b)国際法の下での本件責任者の訴追及び処罰の義務については上述のとおりであるが、仮に、我が国が本件に関し刑事処罰を行うとすれば、当然ながら我が国の国内裁判所の裁判を経て行う必要がある。その場合、我が国の国内裁判所において適用される法律は、憲法、刑法、刑事訴訟法等の国内法であり、我が国の刑事裁判により処罰することができるのは、我が国の国内法上の犯罪に限られる。我が国の憲法及び法律では、厳格な罪刑法定主義(Nullen crimen sine lege and nulla poena sine lege)が採用されており、あらかじめ法律により犯罪となる行為及びこれに対する刑罰が明確に定められている場合でなければ、処罰を行うことはできない。この趣旨は、自由権規約第15条1においても明らかにされているところであり、普遍的妥当性を有するものである。なお、我が国国内法においては、「人道に対する罪」というような漠然とした犯罪は定められておらず、「人道に対する罪」という概念に相当する罪は、国内法の上では、例えば、殺人、傷害、暴行、脅迫、強盗、強姦、略取誘拐、逮捕監禁、強要その他、刑法の定める個々の犯罪の形で規定されている。これは、我が国だけの事情ではなく、他の多くの国の刑法においても同様である。本件の場合に上記するような個々の国内法上の犯罪が成立するか否かは、法と証拠に基づいて個別に判断するほかはない。その場合に適用される法としては、犯罪が行われてから一定以上の年月が経過した後は刑事訴追を行うことができないという公訴時効の制度も重要である。特に、上述のような個々の犯罪については、通常の場合、既に公訴時効が完成しているものと考えられるところ、公訴時効が完成した犯罪について遡って処罰を可能とするような措置をとることは、遡及処罰にあたり、許されない
(c)軍隊の構成員は合法的な命令にのみ拘束され、上官の命令に従ったことをもって戦争の規則及び国際人道法違反に関与した責任から逃れることはできないとの主張については、本件行為が為された当時の国際法上、いわゆる「上官命令の抗弁」が一般に認められていたか否かは必ずしも明らかではなく、オッペンハイムの「国際法」においても議論されるところである。
(d)法的観点からは上述のとおりであるが、他方、いずれにせよ、第二次世界大戦における日本国民の戦争犯罪に関しては、既に極東国際軍事裁判所及び連合国各国がアジア各地等において開いた法廷等において裁判が行われており、5730人が起訴され、991人が死刑、491人が無期刑、2947人が有期刑の判決を受けたものと承知している。また、我が国としても、サンフランシスコ平和条約第11条により、国と国との関係においてはかかる「裁判を受諾し、且つ、日本国で拘禁されている日本国民にこれらの法廷が課した刑を執行するもの」とされたところである。

(5)法の遡及適用の問題

(イ)特別報告者の主張

(a)日本国政府は、日本国政府の法的責任を主張することは法の遡及適用を意味することになる旨主張するが、国際人道法は、慣習国際法の一部である。
(b)また、自由権規約第15条(2)は、「この条のいかなる規定も、国際社会の認める法の一般原則により実行の時に犯罪とされていた作為又は不作為を理由として裁判しかつ処罰することを妨げるものではない。」旨規定している。

(ロ)コメント

(a)我が国が指摘する法の遡及適用の問題に対し、特別報告者は、国際人道法は、慣習国際法の一部である旨反論する。しかしながら、先に、時際法の理論として述べたとおり、「問題となっている事態の評価…は、今日存在するものではなく当時存在した国際法の規則に照らして行わなければならない。」のである。したがって、過去の行為について国際人道法を適用しようとするのであれば、当該国際人道法が現在において慣習国際法であることを証明するだけでは十分ではなく、当該国際人道法が当該行為が行われた時点において慣習国際法として確立していたことを立証する必要があるのである。その意味で、国際人道法は、慣習国際法の一部である旨のみ述べる特別報告者の反論は有効な反論には全くなっていない
  この点、自由権規約第15条2は、実行のときに犯罪とされていた行為を処罰することは遡及処罰を禁止した同条1の規定に違反するものではないとの当然の事理を述べたものに過ぎず、特別報告者による自由権規約第15条2の引用は、我が国政府の主張する法の遡及適用の禁止の原則とは無関係である。
(b)更に、特別報告者が、自由権規約第15条2はいわゆる「従軍慰安婦」の制度がその実行時において犯罪とされていたことを示すことを主張する目的で引用しているのであれば、上記(a)の通り、同規定は同条1の規定に伴う当然の事理を述べたに過ぎず、特定の行為が犯罪であるか否かを示す基準たりえないものであるから失当である。付言すれば、本規定は、そこにいう「国際社会の認める法の一般原則」の概念の不明確性が問題視されたにもかかわらず、特に当該概念を明確化しないまま採択されたものであり、かかる審議経緯にかんがみても、同規定は、特別報告者が言う、「国際人道法に基づく戦争犯罪及び人道に対する罪」が、「国際社会の認める法の一般原則により実行時に犯罪とされていた」ことの根拠となり得るものではない

(6)時効の問題

(イ)特別報告者の主張

時効の議論は不適当であり、ファン・ボーウェン報告書も、人権侵害に関する補償がなされない間は被害者の権利に時効が適用されるべきではないとしている。

(ロ)コメント

(a)特別報告者報告書付属文書1のパラ124は、文意が甚だしく明瞭を欠き、果たして刑事事件としての公訴時効が適用されないと述べているのか、あるいは被害者の民事上の損害賠償請求権等の権利について消滅時効が適用されないと述べているのか、判然としない。
(b)なお、時効の適用については、「戦争犯罪及び人道に対する罪に対する時効不適用に関する条約」が、1968年に国連総会で採択され、70年に効力を発生し、現在42ヶ国が締結しているが、我が国を初め多くの国が未だ加入していないことを見ても、人道法や人権に関する国際法の違反とされる行為一般について時効の不適用が国際的に認められているとは言えないと考えられる。また、前述のとおり、我が国の国内裁判所において国内法たる刑法を適用して処罰を行おうとする場合には、国内法上の時効、すなわち国内法たる刑事訴訟法の定める公訴時効が当然適用されることとなり、公訴時効期間が経過した後に訴追・処罰を行うことはできない。
(c)また、時効制度には一般論として以下のような存在理由があり、これに適用除外を設けることは人権保障の観点からも原則として妥当ではない。即ち、民事事件においては、時効制度の一つの目的は、社会の安定のために設けられた強行規定であり、被害者が救済を求めることが可能になった後にも、時効規定の適用がないとする合理的な理由はない。また、刑事事件においては、公訴時効制度は、時の経過に伴う証拠の散逸による有罪・無罪の立証の困難(即ち、犯行があったとされる時から日時が経過するにつれ、被害者を始めとする関係証人の記憶の喪失乃至変質、関係証人の死亡・所在不明、関係記録等証拠物の滅失等により、事実認定が次第に困難化し、単に訴追側にとっても犯人の特定を始め、有罪立証が困難になるのみならず、訴追された者にとっても、無罪である場合に、これを基礎付ける事実を十分に証明することができず有罪とされる危険性が増大するのであり、いずれにせよ、犯行があったとされる時から長期間経過後に敢えて裁判を行えば、誤判の可能性が高まり、正義に反する結果を招来しかねない。)、時の経過による可罰性の減少、法的安定性等の考慮に根拠を置くものであり、正に国連人権委員会が追求する人権擁護の観点等から妥当性を有する制度である。なお、かかる公訴時効制度の存在理由については、米国においても我が国と類似の議論がなされており、本問題に関する米国連邦最高裁のリーディング・ケースであるToussie v.United States, 397 U.S.112及びUnited States v.Marion, 404 U.S.307並びに米国の刑事訴訟法に関する代表的な書物(LaFavc & Israel, Criminal procedure等)によれば、公訴時効制度の存在理由として同様の点が指摘されている。
(d)ファン・ボーウェン報告書に対するコメントは前述のとおりである。

第5章 勧告に対する日本政府の見解

パラ137について

(a)特別報告者が指摘するような国際法上の義務違反の有無を論ずるまでもなく、いわゆる従軍慰安婦の問題を含め、先の大戦に係る賠償、財産請求権の問題については、サンフランシスコ平和条約、二国間の平和条約等及びその他の関連する条約等に従って誠実に対応してきたところであり、これらの条約等の当事国との間では法的に解決済みである。なお、右については、関係国政府も同様の立場であると承知しており、現に特別報告者も韓国政府が同様の立場である旨指摘している。因みに、特別報告者が展開する国際法の議論については、例えば、我が国が当事国ではない条約を論拠として我が国の条約違反を主張したり、条約の規定内容とは異なるにも関わらず短絡的にすべていわゆる従軍慰安婦の問題に結びつけたり、何らの根拠もなく一定の規範が慣習国際法であると断言したり、現在の国際法を一般的に遡及適用させたりする等国際法上多々問題がある。したがって、我が国として、特別報告者が展開しているような法律論を受け入れる余地は全くない
(b)個人に対する補償義務については、国際法上、条約において個人の権利が規定され、かつ、それを実現する国際法上の手続きが保証されてない限り、個人の国際法主体性は認められないのが原則であって、本件についても、日本政府が個人に対する国際法上の補償義務を負っているとの特別報告者の主張は法的に成り立たない。他方、この問題については、我が国として歴史を直視し、正しくこれを後世に伝えるとともに、関係諸国等との相互理解の一層の増進に努めることが、我が国のお詫びと反省の気持ちを表わすことになると考えており、このような気持ちを踏まえて、平和友好交流計画を発足でさせた。更に、呼びかけ人の方々の呼びかけにより「女性のためのアジア平和国民基金」が発足し、同基金は、国民と政府の協力のもとに、元従軍慰安婦の方々に国民的償いを表す事業や、女性の名誉と尊厳に係る事業等を行うことにしていると承知している。我が国としては、以上の取り組みによりいわゆる従軍慰安婦の問題に対応することとしており、政府として元慰安婦の方々に対して個人補償を行うことは考えておらず、したがって、特別行政裁判所を設立することも考えていない。
(c)日本政府は、1991年12月以来、いわゆる従軍慰安婦問題についての調査を行っており、これまで1992年7月及び1993年8月の2度にわたりその結果を公表している。調査の結果発見された公文書その他の資料についても、プライバシーに配慮した上ですべて公表してきており、現在までにその総数は約240点に及んでいる。なお、1993年8月の調査結果発表にあたっては、調査対象を国外にも広げるなど、政府として全力を挙げた誠実な調査を行っている。このように、日本政府は、本問題の事実関係について隠蔽する意図は毛頭ないばかりか、むしろ積極的に資料の調査、公開を行っており、特別報告者が十分な論拠もなく、あたかも日本政府が資料の存在を隠蔽しているかのような前提で意見をされることは誠に遺憾である
(d)日本政府は、公式の謝罪を行うべきとの勧告であるが、内閣総理大臣をはじめとする日本政府の最高責任者は、これまでも様々な場において、従軍慰安婦の方々に対する真摯なお詫びと反省の気持ちを表明してきている。更に、「女性のためのアジア平和国民基金」が発足するにあたり、政府は、「基金」が事業を実施する折りに元慰安婦の方々に国としての素直な反省とお詫びの気持ちをあらためて表明する方針を明らかにしている。なお、「女性のためのアジア平和国民基金」が日本政府に対し、政府の真摯なお詫びと反省の気持ちを個々の犠牲者に対する総理の手紙という形で表明して欲しい旨を公式に要望しており、この点日本政府として真剣に検討を約している旨、日本政府より特別報告者には既に伝えているはずである。
(e)日本政府としては、我が国が今後、国際社会においてより積極的な役割を果たすに当たり、特に我が国の次代を担う若者達が学校教育を通じて、我が国の近現代史にわたる歴史を正確に理解することを重視し、その面での努力を強化しているところであり、現行の学習指導要領においても、高等学校に近現代の歴史に重点をおいて指導する科目(日本史A、世界史A)を設けるなど、十分に配慮し、例えば、「アジア諸国の変貌と日本」(世界史A)、「両大戦をめぐる国際情勢と日本」(日本史A)という項目で客観的かつ公正な資料に基づいて歴史の事実に関する理解を得させるよう指導することになっている。
  政府としては、本件報告書がこのような現状を十分調査された上で、かかる勧告をしておられるのか、はなはだ疑問である
(f)関与者の特定及び処罰については、特別報告者自身も本件付属文書において認めているとおり、国家がかかる国際法上の一般的な義務を負うものではない。また、そもそも戦争犯罪は、特段の定めがない限り、戦勝国と敗戦国との平和条約によりすべての処理を終えるものである。先の大戦に関しては、連合国は、極東国際軍事裁判所その他の連合国犯罪法廷の裁判により日本国民の戦争犯罪を処罰し、日本政府は、サンフランシスコ平和条約でこれらの裁判を受諾し、刑の執行も行っている

パラ140について

特別報告者の指摘を受けるまでもなく、我が国は、いわゆる従軍慰安婦の問題は、当時の軍の関与の下、多数の女性の名誉と尊厳が傷つけられた問題であると認識しており、これまでも我が国としての深いお詫びと反省の気持ちを表明してきた

従軍慰安婦問題を含め、先の大戦にかかる賠償、財産請求権の問題については、我が国として、サンフランシスコ平和条約、その他関連する2国間の条約に従って誠実に対応してきているところであるが、前記のような我が国の立場を踏まえ、「戦後50年を経過し、元従軍慰安婦の方々が既に高齢に達していることも念頭に置いて」、我が国の道義的責任を果たすため日本政府とその国民は、「女性のためのアジア平和国民基金」を発足させたものである。

我が国は、「女性のためのアジア平和国民基金」の活動を推進することにより、日本国民から元従軍慰安婦の方々に対して、心からの償いを行うとともに、さらに、アジアその他の地域における女性に対する暴力の撤廃や防止に取り組もうと考えている。我が国のこのような考え方を正確に伝えない本件付属文書が、本問題に関する議論の混乱を招き、かえって本問題の真の解決の妨げとなることを深く懸念するものである。(了)