要注目 国連が「性奴隷」に付けた疑問符

近代史研究家 細谷 清

本誌先月号で、国連・自由権規約委員会が七月にスイス・ジュネーブで開いた日本政府の第六回報告書検討会で、日本政府が初めて「性奴隷」を否定したことと、それに対する委員会側の反応を紹介した。「日本軍慰安婦=性奴隷」という、それまでなんの疑いももたずに信じていた概念にいきなり鉄杭を打ち込まれ、委員たちが衝撃を受けているさまがありありとみてとれた。

ここでは、委員会が日本政府の報告書を検討して七月二十四日に発表した最終見解書を改めて検討したい。日本政府の反論も空しく、「性奴隷」という不当なレッテルが剥がれることはなかったと我々は受け止めてきたが、実はそうではなかったのだ。一九九六年に国連人権委(当時)でクマラスワミ報告が出されて以降、国際社会における「真理」であるかのように扱われてきた「性奴隷」論に、小さいけれども確実な綻びが生じていたのである。

「立証が必要な」申し立て

最終見解書の慰安婦問題に関する記述は、委員会の「理解」部分と「勧告」の二つから出来ている。一般に注目されるのは勧告で、今回も「性奴隷」を念頭に置いた次の六項目を出した。腹立ちのあまり本誌を放り投げたり破いたりせず最後まで読んで頂きたい(九月十七日現在、暫定版しか公表されておらず、外務省の翻訳文が出されていないため筆者の和訳を使った。傍点筆者)。

《日本政府は、次の即刻且つ効果的な立法的・行政的な施策を行うべきである。

①戦時下の日本軍によって為された「慰安婦」に対する、性奴隷又は他の人権侵害の全ての申立ては、効果的、独立的且つ中立的に調査され、加害者は起訴され、有罪の場合は処罰される

②被害者とその家族に、裁判を通じてたっぷりの賠償を与える

③手持ちの全ての証拠を公開する

④この問題を、適切な参考図書を含んだ教科書を使って学校生徒と公衆に教育する

⑤公的な謝罪の表明と、国家としての責任の公式な承認を行う

⑥被害者の名誉を棄損し、また出来事を否定しようとする全ての試みを、公式に非難する》

①をみてもらいたい。「性奴隷又は人権侵害の」とある。「性奴隷」に疑問符が付いているのだ。大事な点なので①の原文を引用する。

《All allegations of sexual slavery or other human rights violations perpetrated by Japanese military during wartime against the “comfort women,” are effectively, independently and impartially investigated and that perpetrators are prosecuted and, if found guilty, punished.》

キーワードの「Allegation」は、法律用語としての『(立証しようとする事実についての)申し立て、主張、陳述』と、一般的な意味として『(十分な証拠のない)主張、断言、言い立て、弁明』(「研究社 新英和大辞典」第六版)とある。オックスフォード英英辞典では『立証されていないクレーム』である。「疑いのある申立て」と訳したが「未だ十分な証拠のない申立て」とも訳せる。「性奴隷」は、「証拠がなく」「立証が必要な」「申立て」であると委員会が定義しているのだ。

一方、最終見解の「理解」部分は、次の様に書かれている。

《委員会は、「慰安婦」は日本軍によって「強制的に連行」されたのではないとする日本政府の立場と、一方で慰安所にいた女性たちの募集・移送と管理は多くの場合に軍またはその代行した機関による強制と恫喝によって女性たちの意に反して行われた、とする矛盾する見解に懸念を持つ。

当委員会は被害者である慰安婦の意志に反して行われた如何なるこのような行為も、国家の直接的な法的責任に関わる人権侵害とするに十分であると考える》

委員会は、「募集・移送と管理」が「軍による強制と恫喝によって女性たちの意に反して行われ」、それは「国家の直接的な法的責任に関わる人権侵害」であると断定して、性奴隷の根拠としているようである。

この部分は河野談話の、「慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した」とする部分と、「慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった」という部分を一緒くたに混用して、全体を軍が本人の意思に反して強制したと、誤解した結果である。

今年六月に公表された政府による河野談話の検証結果で判明したように、強制性を暗示する表現は日本と韓国政府の妥協の産物であり、一方で日本政府は強制性を認めず、韓国政府の執拗な要求を拒否した。資料を使って説得も出来る点である。

たったこれだけの根拠で、国を挙げての施策だ、犯罪者の処罰だ、賠償しろ、教科書に書いて子供たちに教え込め、公式・公的に謝罪しろ――と命令するのは、大袈裟過ぎではないか。ましてやこの根拠は検討会で日本政府に論駁されていた。「理解」と「勧告」の間にチグハグさを感じる。

「性奴隷」訴訟にも影響?

日本政府に「性奴隷」を法的に承認するよう勧告した昨年五月の拷問禁止委員会でも、三年前に出された韓国憲法裁判所の従軍慰安婦の賠償請求権に関する判決でも、「性奴隷」は当然の前提とされて、根拠は示されてこなかった。

「性奴隷」のルーツを辿るとクマラスワミ報告に行き着き、さらにその先は、内容では職業的詐話師の吉田清治に、名付け親としての戸塚悦郎氏に辿り着く。片や嘘話であり、他方は戸塚氏自身が「直感で名付けた」「性奴隷」である。「直感」に過ぎないから、「性奴隷」には中身がない。しかし中身がないから誰もが好きなものを勝手に入れられる。吉田清治の「慰安婦狩り」という嘘話を入れたのは朝日新聞であり、元慰安婦の体験を吉田清治のウソ話にあうよう改変したのは所謂「人権派」と称する人達である。吉田清治の詐話か「人権派」が振り付けた元慰安婦の「作り話」、またはその混合に多数の人が騙された。

先月号で紹介したように、慰安婦問題で唯一人、見解を述べた南アフリカのマジョディーナ委員も騙されたであろう一人だ。日本軍慰安婦が「性奴隷」である根拠は、「元慰安婦の強い主張」であり、「学者・研究者による公的書類の発見」であり、私の質問には「沢山ある」「広く知られている事だ」と答えた。

「公的書類が発見されている」というのに、「手持ちの全ての証拠を公開せよ」と勧告するのには呆れ返る。冤罪を被せた被告人に証拠を出せと言っているのに等しい。「人格高潔、人権での能力」と「法律関係の経験」で選ばれた委員とは思えない。

今回の最終見解書で、「性奴隷」に疑問符がついた理由は言うまでもなく、二度にわたって「性奴隷の表現は不適切」とした日本政府の反論であることは疑いない。国連での慰安婦問題は、各種人権関係委員会での検討会を重ねる毎に悪化するばかりであったが、今回で最悪の底を打って反転した。

ただ、委員会がHPに公開した検討会議事録には、マジョディーナ委員に対する反論も含め、日本政府が「性奴隷の表現は不適切」と二度にわたって言明したことが記されていない(九月十七日現在)。このまま放置すると、同委員の発言(暴言?)だけが議事録に残り、日本は全く反論もしなかったとの誤解も与える。「性奴隷」に疑問符は付けながら「性奴隷」ベースの勧告を出したのと同様、議事録もチグハグである。そもそも議事録の前に最終見解書が先に出されること自体、チグハグ過ぎる。外務省は訂正を働きかけてほしい。

偶然にも今、吉見義明・中央大教授が、桜内文城・衆議院議員(次世代の党)を訴えた「性奴隷」裁判が行われている。日本外国特派員協会で橋下徹・大阪市長が会見した際、桜内議員が「性奴隷は捏造」と発言したのは、「慰安婦性奴隷論」の第一人者である原告への名誉侵害だとして昨年七月に吉見氏が訴えた。今回の自由権委員会勧告の「定義」により、吉見氏が「性奴隷」の根拠を国連に求めることができなくなった。河野談話も国連の勧告も全く助けにならなくなり、朝日新聞も退いた。「性奴隷の否定」が趨勢となったなかで、訴訟の行方は如何に。

出典:『正論』2014年11月号 p.156