潮目が変わった、米「慰安婦報道」

産経新聞ワシントン駐在客員特派員 古森義久

マイケル・ヨン氏のイラクからの報道に私が初めて接したのは七年ちょっと前、二〇〇七年十一月だった。

「司教が今日、聖ジョン教会に帰ってきた。地域の住民たちが集まり、司教の帰還を歓迎した――」

こんな書き出しのインターネットによる報道は、バグダッド市内にあるキリスト教の聖ジョン教会にイラク人の司教が久しぶりに帰ってきたことを柔らかい筆致で伝えていた。

この由緒ある教会のあるバグダッドのドラ地区はテロ組織のアルカーイダにかなりの期間、制圧されていた。司教らは避難した。アルカーイダの戦士たちはキリスト教を認めず、教会を荒らした。だが、米軍と新編成のイラク国軍の反撃でアルカーイダが撃退され、治安が回復された。

ヨン氏はその結果として司教が帰還し、イスラム教徒を含む住民の男女たちが温かく迎えた様子を生き生きと描写していた。米軍やイラク国軍の将兵たちが、教会で住民たちと交流する光景も詳細に伝えていた。

そして、ヨン氏が写した写真がよかった。教会の屋根が崩れ落ちていた十字架を修復して再設置する四人の男たち、教会の内部や周囲で神妙に司教の話に耳を傾ける少年少女――イラク戦争のなかの人間像を見事に集約していた。記事もヒューマニズムを感じさせた。

こうした報道に胸を打たれてヨン氏に関心を持って調べると、すでに全米レベルでかなり知られた従軍記者であることがわかった。フリーの軍事ジャーナリストとして二〇〇四年からイラクの軍事情勢を報じ始めた。その方法は前線の米軍部隊への「埋め込み」(エムベッデッド)取材、部隊と日夜、完全に行動をともにする従軍報道だった。

ヨン氏の報道は最初はブログからの発信だけだったが、やがて自分のウェブサイトを開いて大手メディアにも登場するようになった。報道の主体は一貫して米軍部隊の戦闘と軍事情勢だったが、前述のように人間たちに光をあてることも多かった。

なかでも大きな反響を呼んだのは二〇〇五年五月、イラク北部のモースルで、自動車爆弾で重傷を負ったイラク人の少女を米軍将校が必死で抱きかかえる写真とレポートだった。少女は病院に運ばれてすぐ命を失った。この報道は、イラク戦争の人間の悲劇や犠牲を衝撃的に伝える光景として大きな波紋を生んだという。

ヨン記者は二〇〇八年頃から、アフガニスタンの取材も始めた。

ここでも、アルカーイダやイスラム原理主義過激派のタリバンと戦う米軍の活動を至近距離から報道した。その迫真の発信は、アメリカ本国でさらに注視を集めた。その成果はニューヨーク・タイムズ、USAトゥデーなど大手紙のほかNBC、CNN、FOXなどのテレビ各局でも頻繁に取り上げられるようになった。二〇〇八年に出した書『イラクの真実の時』は全米ベストセラーの上位に入った。

慰安婦の実態調査で来日

そうした輝ける実績を持つヨン氏が、この九月に日本を訪れた。しかもその主目的は、日本の慰安婦の実態を調べることだという。

東京に滞在していた私は、現代史研究家で拓殖大学客員教授の藤岡信勝氏から「ヨン氏があなたとの面会を希望している」という連絡を受けた。当初はあの著名な戦争報道記者のヨン氏とはわからずにやや混乱したが、会ってみてその本人であることに納得し、そして驚いた。

驚いたのは、イラクやアフガニスタンの戦争報道であれだけ名声を高めた人物が日本の慰安婦問題に取り組むようになったことを知ってだった。

ヨン氏が私を慰安婦問題での取材対象の一端に加えたのは、彼がアメリカのテレビ番組での私の発言を知っていたからのようだった。

二〇〇七年五月、ワシントン駐在の産経新聞特派員だった私は、『ニューズウィーク』国際版の編集長などを務めたアメリカ人ジャーナリストのファリード・ザカリア氏に慰安婦問題についてのテレビ・インタビューを受けた。同氏が全米各地にネットワークを持つPBS(公共放送網)テレビに定期のニュース・インタビュー番組を持っており、そこへの出演を私に求めてきたのだった。

当時、アメリカ連邦議会下院には慰安婦問題で日本を非難する決議案が出され、日本の慰安婦問題が少しずつ話題の輪を広げていた。

私はこの番組に出て、ザカリア記者の多数の質問に答えた。一対一のインタビューで、合計十五分ほどの長さの番組だった。私はそこで、日本軍が女性たちを組織的に強制連行した事実はないという点などを強調した。この応答はビデオとなり、その後も関係者たちの間では参照されてきた。ヨン氏はその番組のビデオを三回も観て、私の当時の発言に強い関心を抱いたとのことだった。

「修正主義」というレッテル

東京での私との会合の早い段階で、ヨン氏は慰安婦問題について次のように語った。

「アメリカやヨーロッパの大手メディアの『日本軍が組織的に女性を強制連行して性的奴隷にした』という主張は作り話としか思えない。いわゆる慰安婦問題での日本糾弾は、特定の政治勢力による日本叩きだといえる」

この認識は、いまの日本国内のコンセンサスに近い見解である。朝日新聞の八月五日の慰安婦報道の誤報訂正のあと、「日本軍が二十万人の女性たちを強制連行してセックス奉仕のための性的奴隷にした」という主張は、日本国内ではほぼ完全に霧消したといえる。

だが、アメリカや中韓両国ではまだまだこの誤報を誤報だと認めようとはしない。アメリカやヨーロッパのニュースメディアも、ニューヨーク・タイムズをはじめとして大手の新聞、テレビ、雑誌はみな訂正前の朝日新聞と同じ態度をとっている。日本軍としての組織的な強制連行があった、というスタンスなのだ。

しかし、ヨン氏は次のようにも述べていた。

「私はアメリカ人だから、この問題に関して特別な名誉がかかっているわけではない。アメリカ人女性は私の知る限り、誰一人、慰安婦にかかわったことはないのだ。だから私自身はナショナリスト的な怒りは何も感じない。私の立場はあくまで人道主義のアプローチと地政学的な考察であり、その立場から真実を突き止めたいということなのだ」

アメリカ側にもこんな冷静な対応が出てきたのか、と驚かされた。日本側としてはもちろん、大歓迎したい認識や見解である。しかも、ヨン氏はアメリカ国内で広く知られたジャーナリストなのだ。

日本にとって世紀の冤罪

アメリカの大手メディアの慰安婦問題の不公正、不正確な扱いに長年、失望を重ねてきた私には新鮮な驚きだった。新たな光のように思えた。一条の強力な光だといえよう。

やはり、外部世界に向けての真実の発信は努力を重ね続けねばならないという基本の鉄則を、改めて思い知らされた。つい最近まで、ヨン氏のようなアメリカ側の言論人が慰安婦問題で結果として日本の立場を支持する見解を強く表明するようになるとは、私は想像もしなかった。

日本や日本国民にとって、慰安婦問題の現在までの外部世界での扱いは濡れ衣である。日本にとっての世紀の冤罪とさえいえるだろう。

中韓両国やアメリカの大手メディアや関係者の多くは、「日本の軍隊や政府が組織として政策として、二十万人もの若い女性たちを強制的に拉致し、連行し、売春を無理やりにさせた」と主張してきたのだ。もしその主張のとおりならば、慰安婦問題というのは戦時だったとはいえ、日本の国家犯罪だったということになる。

日本側がそんな事実はないと主張すると、外部の日本批判勢力は「歴史の改竄かいざん」とか「修正主義」という非難を浴びせてくる。なかにはナチス・ドイツのユダヤ人虐殺の事実を否定する勢力といまの日本を重ねあわせ、日本に対して「ホロコースト否定者」という悪質なレッテルまで貼りつけてくる向きも存在するのだ。

だが日本側としては現在だけでなく、後世の日本人のため、日本国のため、国家犯罪の濡れ衣を晴らす責務があるといえよう。

報道の検閲方法で激論

実際に面会したマイケル・ヨン氏はアメリカ人男性にしてはわりに小柄だが、精悍せいかんそうな人物だった。現在、四十九歳。ヨンという名前はアジア系をも連想させたが実はヨーロッパ系で、もう数代もアメリカ国民なのだという。

ヨン氏はフロリダ州出身、十代でアメリカ陸軍に志願し、陸軍特殊部隊(グリーンベレー)に入った。数年後に除隊してから本格的な高等教育を受け、ジャーナリズムの道を目指した。

イラクとアフガニスタンからの報道では、まず「アメリカ人ジャーナリストでは最も長い年月を戦場で過ごした人物」とされ、インターネットを通じての報道は二〇〇七年と翌年の二年間、連続して「全米最高の軍事ブログ報道」賞を受けた。

ヨン氏は政治的な中立を掲げる一方、イラクやアフガニスタンでの米軍部隊の活動には強い支援を送り、特にブッシュ前政権の行動には対テロ戦争として支持の姿勢をとった。ただし米軍指導層への批判も躊躇(ためら)わず、イラクでの当初の米軍の作戦を酷評していた。二〇〇七年のブッシュ大統領の「イラクへの米軍の大幅増派」は、ヨン氏も激励する側だった。

アフガニスタンでは、ヨン氏は米軍将兵の戦闘を前線から詳しく伝えて応援する一方、国際治安支援部隊(ISAF)の米軍やカナダ軍の司令官の指揮の乱れを厳しく批判した。カンダハー地域の要衝の橋がタリバン側に爆破された事件では、ISAFのアメリカ、カナダ両軍の司令官の職務怠慢を指摘した。米軍中央軍司令部のニュース報道の検閲方法をめぐってヨン氏が同司令部を批判し、激論を起こしたこともある。

そうした経歴のヨン氏が日本の慰安婦問題に関心を向ける契機となったのは、やはり軍隊への密接なかかわりであり、どの軍隊も避けて通れない「軍と性」という課題のためだという。ただしその過程では、ヨン氏が「貴重なパートナーであり、チームメイト」と呼ぶ二人の協力があった。

一人はヨン氏の長年の友人で、同じ米陸軍出身のアルフレッド・ジョンソン氏である。ジャーナリズム経験と歴史研究を土台とする同氏の調査能力は、ヨン氏の大きな支えだという。

もう一人は、本誌二〇一四年十一月号に「『軍隊と性』何がわかるのか」という論文を載せたケネディ日砂恵氏である。アメリカでの慰安婦問題の経過に詳しい在米日本人女性のケネディ氏も、日本側の調査ではヨン氏の取り組みに大きく寄与しているという。

ヨン氏は自分のブログで、この二人と結成した慰安婦問題の調査班がすでに終えた取材活動について詳しく発表している。アメリカ側では政府関連の機関に保管された各種資料を調べたほか、全米で初めての慰安婦像が建てられたカリフォルニア州グレンデール市にも出かけて、現地の日本人関係者らから詳しく実情を聞いた。

この調査班は、韓国やタイの側に所在する慰安婦関連の資料にもあたってきたという。特に、戦争中の朝鮮半島での各新聞に出た「慰安婦募集」の広告や関連記事を多数多種、集めて研究し、慰安婦の商業的性格を十分に認識したともいう。

日本叩きは「捏造」と断言

ヨン氏はまた、アメリカ陸軍当局が戦争中の一九四四年に作成したビルマでの朝鮮人女性の慰安婦十数人の尋問調書をも熟読した結果として、「これらの女性たちはみな自分自身が単なる売春婦であって、軍に強制的に拉致や連衡されたことはないと供述していた」とも述べている。

しかも「朝鮮人女性を徴募して慰安婦にしていたのはむしろ朝鮮人の売春管理業者が多く、日本軍とは別個に貸し金の取立てや詐欺的な言辞などさまざまな理不尽な手段を使っていたが、その事実は韓国側は指摘しない」ともヨン氏は主張する。

そのほか、ヨン氏は次のような見解をも明らかにしていた。

「日本軍の慰安婦たちはごく一部に軍関連の強制があったかもしれないが、圧倒的大多数は商業的で自発的な売春婦だった。軍隊に売春がつきものという現実は昔も今も変わらない。現在も、世界各地の軍事基地の周囲には売春婦たちが存在する」

「私自身の見聞の範囲内でもアメリカ海軍の艦艇がタイ、シンガポール、あるいはアメリカ国内の港にくれば、売春目的の女性たちが近くの施設に集まってくる。軍の将兵は少額のカネさえ持っていれば、誰も女性を強制連行する必要はないのだ。戦時中でも日本軍が二十万人の女性を拉致して、しかも移送して回り、食事を与えて敵の目から隠そうとしていたなどとは常軌を逸した主張だ」

「過去数十年、そして現在も韓国内の米軍基地は、韓国女性の売春婦たちを吸い寄せることで有名だ。韓国の一群の女性たちがつい最近、韓国政府を相手どって『政府に強要され、米軍将兵のための売春婦にさせられた』という訴訟を起こしたが、米韓両国の日本の慰安婦問題を提起する勢力はその韓国の事例に触れようとしない」

「本人の意思に反する職業にたずさわる人間を奴隷と呼ぶならば、徴兵された兵士たちはどうなるのか。徴兵を拒めば犯罪者となるので、意思に反して軍務に就く。それが奴隷なのか。いまの日本の慰安婦問題で『性的奴隷』という言葉を使う勢力に問いたいところだ。どの国にも自分の意思に反する職業活動、社会活動をしている人間は無数に存在する」

ヨン氏はこうした見解を明らかにして、これまでの中国、韓国、そしてアメリカの一部からの慰安婦問題での日本非難は「捏造」とまで断言するのだった。戦争中の日本軍が組織的に、かつ政策として若い女性たちを強制的に拉致や連衡をしていたことを示す証拠は存在しない、つまりそんな強制連行はなかったのだ、と述べている。

「日本はすでに慰安婦が存在したことへの謝罪を表明し、賠償金までを提供した。日本糾弾勢力は『日本はなお謝罪していない』と主張するが、事実に反する。要は日本がいくら謝罪しても賠償しても、慰安婦問題での日本叩きは続くのだ。日本の現在の国民は、何の責任もない過去の事案を理由に不当な攻撃を浴び続けるのだ。日本を叩くこと自体に真の目的があることを知るべきだ」

ヨン氏はこの日本叩きについては、その主役として中国の名をはっきりとあげる。アメリカでの慰安婦問題の真の主役が、在米中国系組織の「世界抗日戦争史実維護連合会」(抗日連合会と略)だとも断言する。

「アメリカ国内のグレンデールなどでの慰安婦の像や碑の建設をめぐって日本人側からの撤去を求める訴訟が起きているが、相手として出てくるのが抗日連合会なのだ。この組織が中国当局とどれほど密接な関係があるか、抗日連合会の資金源などを調べればわかる」

ヨン氏はこうした中国系勢力の政治目的については、「アメリカにとって貴重な同盟国の日本をアメリカから、さらには韓国から離反させることにある」とも解説する。そして、アメリカにとっての日本の価値を強調するのだ。

「現在の日本ほど人道主義、民主主義、平和主義に徹した国は全世界でも珍しい。アメリカともそうした基本的な価値観を共有し、安全保障面でも頼りになる同盟パートナーなのだ。であるのに、アメリカ側が慰安婦問題で日本を叩くのは敵対勢力を強め、友邦を弱めることに等しいと知るべきだ」

ヨン氏は自分自身の広範囲に及ぶ取材、調査、研究によって、慰安婦に関するこうした結論に達したのだという。その結果はまもなくアメリカのメディアに公表する、と述べている。

これまでは「日本軍に強制連行された二十万人の性的奴隷」という決まり文句で凝り固まってきたアメリカのジャーナリズムの世界で、こうした知名度の高い人物が初めて異論を堂々と唱えるようになったのである。日本側としても、今後のヨン氏の主張の広がりを大いに期待したいところである。

滞在中、靖國神社に参拝

ヨン氏は東京に滞在中、靖國神社に参拝したという。

「日本人の男女が、過去の戦争で犠牲となった自分たちの祖先の霊に弔意を表する光景を見て共感した。戦没者の霊に敬意や弔意を表明することは、どの国でもごく自然な慣行なのだ。その国の政治指導者からの弔意の表明であっても同様なはずだ」

ヨン氏は、A級戦犯の霊の存在にも触れて次のように語る。

「戦犯とされた人たちも死亡したとなれば、その生前の行動への責任を分離されて普通の霊となるはずだ。戦犯という概念はその当事者の死亡が一つの区切りとなるべきだと思う。死後はもう生前の行動を糾弾されなくてよい。

アメリカは、日本の首相の戦死者追悼の形式についてコメントはしないほうがよい。オバマ大統領が安倍晋三首相の靖國参拝について批判を述べたりすることは間違いだ。もし日本政府が、アメリカ大統領のアーリントン国立墓地への祈りに『日本へ原爆を投下した人物への弔意の表明だから失望する』などと抗議したらどうか、オバマ政権は考えてみるべきだ」

アメリカ側にもこうした見解があることを、日本側でも銘記しておくべきだろう。

出典:『WiLL』2015年1月号 p.252