なぜ《慰安婦》で外務省は腰砕けとなったのか

産経新聞政治部編集委員 阿比留瑠比

「人選はほぼ決まった。時間のメドも考えている。今国会中でどうするか。(メンバーの)スケジュール調整が大変だ」

政府高官は四月十四日、記者団にこう述べ、慰安婦募集の強制性を認めた平成五年の河野洋平官房長官談話の作成過程に関する検証チームの初会合を、五月の大型連休明けに開き、六月二十二日までの通常国会会期中にも結論を出したい考えを表明した。

菅義偉官房長官も四月十一日の衆院内閣委員会で検証チームのあり方について、次のように語っていた。

「法制度に明るい方、マスコミの方、女性の方など、客観的に見て偏ることなく『なるほど』と思われる方にお願いしている」

「どのような方によって、どのくらい議論したかについては、(国会の要請があった)その時点で明らかにさせていただく」

証拠となる資料もまともな日本側証言もないまま、韓国の要請に基づき「日韓合作」で作られた河野談話の検証作業が、いよいよ動き出す。

あいまいで具体的に何を指すのかよく分からない文章で拡大解釈を許し、世界に「性奴隷の国、日本」という誤解と曲解が広まるきっかけとなった河野談話の実像が白日の下にさらされるのは意義深い。

韓国での元慰安婦十六人へのずさんな聞き取り調査をほぼ唯一の根拠としながら、そうした実態が隠され続けてきた河野談話が、発表されて二十年以上たってようやく国民の目に明らかになるのである。検証チームには、ぜひ事の真相に深く切り込んでもらいたいと期待したい。

やればできるじゃないか!と思える内容

さて、産経新聞は四月一日付の一面でこの河野談話を引用し、慰安婦を強制連行された性奴隷と認定した一九九六(平成八)年二月の「クマラスワミ報告書」に対し、日本政府が国連人権委員会(現人権理事会)の関係国にいったん配布しながら、すぐに撤回した幻の反論文書「日本政府の見解」を報じた。

外務省がなぜか非公開としているこの反論文書を一読し、抱いた感想は次のようなものだった。

この英文で全四十二ページの文書をめぐるエピソードは、歴史認識問題に対する戦後日本外交の敗北主義の象徴である。それと同時に、本来は他国による宣伝工作・謀略行為に対してごく当たり前に為すべき反論のあり方を指し示しているとも言えまいか――。

まず、この反論文書が特徴的なのは、スリランカ出身の女性法律家、ラディカ・クマラスワミ氏の手になる報告書に関して、一つひとつ具体的な論点を一つひとつ挙げてこう手厳しく批判していることだ。

「極めて不当」「信頼するに足りない」「甚だ不誠実」「無責任かつ予断に満ち」「歴史の歪曲に等しい」「調査と呼ぶに値しない」

歴史認識問題をめぐっては何事もあいまいにして煙に巻くと評判の悪い外務省も、やればできるではないかと見直したくなる内容だ。当時、これをもとに徹底的な議論を行っていれば、今日、世界で独り歩きしている慰安婦問題にかかわる偏見や誤解の何割かは未然に防げたかもしれない。

にもかかわらず、結局、日本政府はこの反論文書を取り下げ、代わりに元慰安婦への支援を行うアジア女性基金の取り組みなどを説明した「日本政府の施策」という日本文でわずかA4判四枚の文書に差し替えた。

いつものように頭を下げてやり過ごす道を選んだのである。相手に反論せず、明らかに事実と異なる点もきちんと指摘せず、ただ過去に積み重ねてきた謝罪と補償の実績を強調し、嵐が通り過ぎるのを待ったのだ。

当たり前のことだが、やっていないことに対して「やっていない」と否定せず、「もう何度も謝っている」と強調したのだから、犯行自体は認めたも同然だろう。各国がそう受けとめても仕方がない。

河野談話という強制性を認めた「政府の公式見解」が手かせ足かせになったのかもしれないが、日本政府が報告書内容に関する疑問について個別に具体的反論をする権利と義務を放棄した結果どうなったか。それで、日本と関係各国の友好親善関係が深まったというのならばまだしも、結果は逆だろう。

確かに、当時の政府関係者が主張するように、短期的にはそのやり方にも利点はあった。日本政府の波風立てない軟着陸戦術の結果、クマラスワミ報告書の慰安婦問題に関する部分への国連人権委の評価は「留意(テークノート)」にとどまったのだから、形式的には「事実上の不採択」(当時の政府高官)といえる部分は認めよう。

だが、中長期的には、クマラスワミ報告書にある数多い事実誤認や誤解が、訂正されずに広まるのを許してしまったのである。

これは河野談話と構図が一緒だ。「元慰安婦の名誉回復のためとにかく強制性を認めてほしい」という韓国側の要請に押し切られ、事実関係を無視・軽視してつくられた河野談話は、一時的には日韓間の緊張関係を収めることにつながった。

ところがこの日本側の「日韓友好のため」という善意に基づく譲歩と妥協は現在、韓国側に悪用されて「日本は公式に朝鮮人女性二十万人の強制連行を認めた」などと事実と異なることを言いふらされている。

日本政府は国連の場でも河野談話作成時と同じ轍を踏み、クマラスワミ報告書に正面から反駁しなかった。そして国内外の反日勢力がクマラスワミ報告書を日本をおとしめる格好の材料として利用している。

河野談話は歴史認識問題をめぐる日本外交を、極めてまずい悪循環に導いたのである。

クマラスワミ報告書は「与太話のオンパレード」

それでは、そもそもクマラスワミ報告書は何を述べているのか。簡単にいうと日本政府に対し、①慰安所制度の国際法違反を認めての法的責任受け入れ②元慰安婦への個人補償③慰安所などに関する書類や資料の完全公開④被害者への謝罪の手紙送付⑤教育カリキュラムの改正で慰安婦問題への認識を高める⑥慰安婦募集と慰安所設置にかかわった責任者の追及と処罰――の六項目を勧告している。

これ自体、反論文書が指摘するように不当極まりないが、さらに報告書にはこんなおどろおどろしい記述まである。

「ある朝鮮人少女は、ある時、なぜ私たちはそのように多くの……男の相手をさせられなければならないのかと尋ねました。……彼らは彼女の衣服を剥ぎ、足や手を縛り、釘の打ち出た板の上を釘が彼女の血や肉片で覆われるまで転がしました。……最後に、彼らは彼女の首を切り落としました」

「ある日、彼らは私たちのうち四十人をトラックで遠くへ運び、水と蛇で一杯になったプールに連れていきました。兵士たちはそのうちの数人の少女を殴り、その水の中に乱暴に押し入れ、土を入れ、生きたまま埋めました」

業者にしろ、兵士にしろ、そもそも何のためにこんなことをしなければならないというのだろう。業者にとっては慰安婦は大事なカネを生む金の卵なのである。また、兵士はこんな無意味な殺生を働くために蛇をたくさん仕入れるほどヒマだというのか。

いずれにせよ、クマラスワミ報告書にはこんな荒唐無稽で根拠のない与太話が堂々と記載されているのだ。

またクマラスワミ報告書は、日本では「職業的詐話師」(現代史家の秦郁彦氏)として知られる自称・元山口県労務報国会下関支部動員部長、吉田清治氏の「奴隷狩り」証言も採用し、次のように引用している。

「吉田清治は戦時中の経験を記録した彼の手記の中で、国家総動員法の労務報国会の下で千人に及ぶ女性を慰安婦とするために行われた人狩り、とりわけ朝鮮人に対するものに参加したことを認めた」

これが全くの虚偽、フィクションであったことは、秦氏の韓国・済州島での現地調査や地元紙の済州新聞の報道などで明らかになっているが、クマラスワミ報告書だけを読んだ各国の関係者は事実だと信じたことだろう。

秦氏は、七年七月に慰安婦の実態調査のため来日したクマラスワミ氏本人とも会い、吉田証言の怪しさへの注意を喚起したが、聞き入れられなかった。

それどころか、秦氏が慰安婦たちとの雇用関係は旧日本軍との間ではなく、業者との間で結ばれた事実を説明したのに対し、報告書にはこう正反対の趣旨が記されていた。

「歴史家で千葉大学教授の秦博士は『大多数の慰安婦は日本陸軍と契約を交わしており……』と話した」

秦氏は抗議の申立書をクマラスワミ氏と国連人権委事務局長宛に送ったが、なしのつぶてだったという。秦氏が著書で報告書について「学生リポートなら、落第点のお粗末な作品」と酷評したのも無理はない。

クマラスワミ報告書を「歴史の歪曲」と断ずる外交文書

クマラスワミ報告書に対し、反論文書はまず、こう指摘している。

「五十年以上前の出来事で、かつ日本政府が関連する条約等に従って誠実に対応してきている慰安婦問題を、あたかも現代における女性に対する暴力に関する最重要課題であるがごとく取り上げており、極めて不当である」

次に、報告書が明確な誤りが多いオーストラリア人ジャーナリストのジョージ・ヒックス氏らの著書に大きく依拠していることについて、こう批判する。

「日本政府の対応に批判的なG・ヒックスの著書等既存の著書からの引用に頼っており、しかも、特別報告者(クマラスワミ氏)自身がこれら書籍の記述の裏付け調査を行った形跡がほとんど見られない」

「いくつかの証言も、特別報告者が直接聞いていない伝聞証言であり、結局、事実関係にかかわる記述は、十分な事実確認を行うことなく極めて限定された資料に依拠して書かれたといわざるを得ない」

「限られた情報をすべて一面的に一般化するという誤りを犯している。その一方で、特別報告者はその予断するところにそぐわない客観的資料(米国陸軍による慰安婦の尋問結果)は無視しようとしている」

ここに出てくる米国による尋問結果とは、米国戦争情報局資料「心理戦チーム報告書」(一九四四年十月一日)のことだ。これは米軍がビルマ(現ミャンマー)で捕らえた朝鮮人慰安婦二十人から尋問した内容をまとめたもので、慰安所における慰安婦の生活の実態を次のように記している。

《食事や生活用品はそれほど切り詰められていたわけではなく、彼女らは金を多く持っていたので、欲しいものを買うことができた。兵士からの贈り物に加えて、衣服、靴、たばこ、化粧品を買うことができた》

《ビルマにいる間、彼女らは将兵とともにスポーツを楽しんだりピクニックや娯楽、夕食会に参加した。彼女らは蓄音機を持っており、町に買い物に出ることを許されていた》

《慰安婦は客を断る特権を与えられていた。(兵士が)結婚を申し込むケースが多くあり、現実に結婚に至ったケースもあった》

こうした尋問記録は、クマラスワミ氏が報告書に記したかった慰安婦の悲惨な境遇とは全く異なるため、無視されたのだろう。反論文書はこれを採用しなかったクマラスワミ報告書をこう批判する。

「特別報告者たる者は、多様な事情を虚心に分析して、バランスのとれた判断を行わなければならない。本件文書のごとき偏見に基づく一般化は、歴史の歪曲に等しい」

ただ、皮肉なことに河野談話もまた、この米軍が記録した慰安婦たちの比較的に自由な生活については同じく無視し、「慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった」などと書いている。

戦後処理の法的枠組みを否定・破壊するに等しい

反論文書はさらに突っ込んで、クマラスワミ報告書の事実関係についてこう反駁する。

「立論の前提としている事実に関する記述は、信頼するに足りないものである」

「特別報告者の事実調査に対する姿勢は、甚だ不誠実である」

「引用に関し、特別報告者は随所に主観的な誇張を加えている。このように無責任かつ予断に満ちた文書は、調査と呼ぶに値しない」

報告書が、吉田氏の証言を引用していることに関しても容赦がない。

「歴史研究者の間でもその信憑性については疑問が呈されている。特別報告者が何ら慎重な吟味を行うことなく吉田氏の『証言』を引用しているのは、軽率のそしりを免れない」

このほかクマラスワミ報告書に対する日本政府の反論文書は、報告書の法的な問題点についても強調している。例えばこうだ。

「特別報告者の個人的な主張は、わが国が過去五十余年にわたって国際法に則り誠実に対応してきた先の大戦の戦後処理ばかりか、各国が過去の戦争において行った戦後処理の法的枠組みによる解決が最終的なものであることをも否定することになる」

「戦後処理のための平和条約等においては、個人の損害を個別に検討しこれを合算して賠償額とする方法によらずに、関係国間の合意により一定額を包括的な賠償額とみなして処理するとともに、その他一切の請求権を相互に放棄する旨の規定、すなわち、他に未賠償請求権があっても追求しないという『完償条項』を設けることが一般的である」

最近、韓国が日韓基本条約を、中国が日中共同声明をそれぞれ否定するような形で対日賠償請求訴訟に乗り出したことを思うと、クマラスワミ報告書の危険性が分かる。反論文書はこう「予言」もしている。

「特別報告者の議論は、法的色彩を帯びているが、実際はおよそ法的には成り立たない恣意的な解釈に基づく政治的主張であり、このような議論を国際社会が受け入れれば、国際社会における法の支配そのものに深刻な打撃を与えることとなろう」

そして反論文書は国連人権委に対しても、次のように警告して結論としている。

「特別報告者の立論を、日本政府として受け入れる余地はない」

「責任ある調査を行うことができなかったにもかかわらず、いかなる意図をもって本件文書を提出したのか、そもそもの合理性に対し、強い疑問を覚える」

「人権委員会の本件文書の取り扱い方によっては、特別報告者制度一般ひいては人権委員会そのものに対する国際社会の信頼を損なう結果となることを深く憂慮する」

まさに堂々たる反論といえるものだが、前述の通り、日本はこの反論文書を引っ込め、クマラスワミ報告書に対する批判をすべて削除した「日本政府の施策」に差し替えて国連人権委に提出した。

外交敗北のウラで蠢いた輩

この「外交敗北」の背景には、反論文書を用いた水面下での根回しの段階で、中国や韓国、北朝鮮などが反論内容に強く反発したことや、日本の人権派弁護士やNGO(非政府組織)も「クマラスワミ氏に対する個人攻撃だ」などと非難しだしたことがある。

また、当時の橋本龍太郎政権が自民、社会、さきがけ三党による連立政権であり、慰安婦強制連行を自明のことと捉える社会党が与党だったことも影響したのだろう。

ただその結果、二年後の一九九八年八月に国連人権委小委員会で採択されたマクドガル報告書は、クマラスワミ報告書を下敷きとしながら表現をさらにエスカレートさせた。

一方的に慰安所を「強姦所」と書き、「人道に対する罪および戦争犯罪は公訴時効の対象ではない」と主張したのである。

河野談話がさらに過激なクマラスワミ報告書を生み、クマラスワミ報告書がもっと激烈なマクドガル報告書につながった。国際社会では「沈黙は金」ではなく、むしろ将来に禍根を残すことになる。

橋本首相も当初は「必ずしも十分な事実確認のないままに、限定された資料に基づいて書かれた部分がある」(平成八年二月十六日の参院予算委員会)とクマラスワミ報告書を批判していたにもかかわらず、どうして反論文書が撤回されたのか、詳細な経緯はまだ藪の中だ。

ただ、八年五月七日の参院法務委員会では、クマラスワミ報告書を評価する立場の本岡昭次氏(後に民主党から参院副議長)と、外務所の川田司・人権難民課長との間でこんなやりとりがあった。

本岡氏「なぜ日本政府は『日本政府の見解』なるものを事前に、わざわざ関係国に配布してこの報告を拒否するよう求めたのか。クマラスワミさんが述べている事柄に徹底的に、大変な言葉でもって反対している。なぜここまでやらねばならなかったのか。しかし、人権委員会に配布した国連文書(日本政府の施策)には、こうした箇所を全部削除してしまって、『国民基金(アジア女性基金)』でやりますからどうぞ日本を認めてくださいというような文書になっている」

川田氏「慰安婦問題に関するクマラスワミ報告書を法的に受け入れる余地はないという考えに基づいて、そのような立場で人権委員会に臨んだ」

本岡氏「人権委員会での幻の文書について聞く。この幻の文書は、正式の国連文書としてアラビア語の訳までされていながら、なぜ配布直前に撤回されたのか。そしてなぜ、新しい文書に差し替えねばならなかったのか」

川田氏「国連人権委員会の場では、こういった大部の資料を配布するのは必ずしも適当でないということで、もっとわかりやすい文書ということで簡単な文書を作成した」

本岡氏「それでは、今でもクマラスワミの文書の慰安婦問題が書いてあるところは、恣意的で根拠のない国際法の解釈に基づく政治的発言であり、国際社会がこんな議論を受け入れたら国際社会における法の支配に対する重大な侵害になると思っているのか」

川田氏「はい、基本的にはそのように考えている」

つまり、当時の日本政府はあくまでクマラスワミ報告書が国際社会の法の支配に反するとの認識は維持しつつ、きちんと反論することはやめたということになる。

「日本が事実関係を争えば、慰安婦問題がさらにクローズアップされることになりかねなかった」

「(女性の)クマラスワミ氏に反論しても、日本が悪者になるばかりで逆効果だった」

当時の日本政府関係者はこう振り返るが、それから十数年がたった現在、慰安婦問題に関する韓国などの攻撃はやまず、収まるどころか猖獗を極めている。

歴史認識問題は先の大戦を実際に知る者が減り、時が経過するにつれて観念化し、安易な正義感や他者批判に結びつきやすくなっている。日本はさしずめ格好の生け贄だろう。

河野談話やクマラスワミ報告書をめぐる経緯に表れているように、日本はこれまで、先の大戦をめぐる「歴史戦」では明らかに負け続けてきた。現在のマイナスの地点から失地を取り返し、この戦いに勝利するのは容易ではない。

だが、それでも日本の未来を担う子供たちのためにも今度こそは一歩も引かず、根気強く立ち向かうしかない。たとえ短期的には国際的な摩擦が生じても、もうこれ以上譲る選択肢はない。

出典:『正論』2014年6月号p.108