福井義高 青山学院大学教授
遅きに失したものの、朝日新聞が故吉田清治氏の強制連行捏造証言に基づく記事を取り消したことで、慰安婦問題をめぐる国内の論調は大きく変わった。様子を窺っていた風見鶏たちも一斉に朝日新聞批判に走り、年来の本誌読者にとっては溜飲が下がる思いであろう。
本来、民間の売春施設を軍隊が黙認して衛生管理等を行っていたという事実だけであれば、いかに天下の朝日新聞が大々的キャンペーンを行おうが、当事者の韓国はもちろん、脛に傷を持つ欧米諸国が慰安婦問題を大きく取り上げることもなかったであろう。強制連行による「性奴隷」というストーリーがあったからこそ、これほど大きな国際問題となったのだから、その根幹が崩れた以上、問題は収束に向かうはずだ、と多くの人が期待したに違いない。
ところが、そうした期待は裏切られた。「いまや国際社会は強制連行の有無を問題にしているのではなく、慰安婦がいたこと自体を問題にしており、朝日新聞が吉田証言を取り消したからといって、それを国際社会でPRすることはかえって日本を孤立させる」という最近よく聞く主張は、残念ながら概ね正しいことを認めざるをえない。
さて、慰安婦像設置で「悪名」高いグレンデール市をはじめ、米国で繰り広げられる他国間の歴史認識をめぐる争いは、日韓の間だけに限られない。宮家邦彦元中国公使が指摘しているように、「アルメニア系米国人といえばトルコによるアルメニア人虐殺問題を執拗に取り上げることで有名」であり(二〇一四年二月十三日付産経新聞)、その数のみならず、政治力も韓国系の比ではない。
しかし、アルメニア系米国人による本国政府と一体となった過去の糾弾に対して、日本と異なり、トルコ政府は一歩も引かない姿勢を堅持している。
トルコ外務省ホームページを見ると、対処すべき主要問題の上位に「一九一五年の事件をめぐるトルコ・アルメニア間の論争」(Controversy between Turkey and Armenia about the Events of 1915)が挙げられ、論争の経緯およびトルコ政府の主張が関連資料付きで詳しく紹介されている。残念ながら日本語版はないものの、英語に加え、アラビア語、ドイツ語、スペイン語、ロシア語およびオランダ語のパンフレットがダウンロードできる。
トルコ政府が「一九一五年の事件」と呼ぶ第一次世界大戦中のアルメニア人虐殺事件は、ドイツ、オーストリア側に立って参戦したトルコ(オスマン帝国)が、アルメニア人の一部に敵であるロシア側に協力する動きがあったため、ロシア、トルコ国境に近い地域からアルメニア人全員を強制的に移住させる過程で生じた。
アルメニア側が主張する百五十万人は誇張とするものの、六十万人という多数の犠牲者が出たこと自体はトルコ政府も認めている。論争となっているのは虐殺行為(massacre)の有無ではなく、これがナチス・ドイツによるユダヤ人迫害いわゆるホロコースト同様、ジェノサイド(民族虐殺:genocide)であったか否かという点、つまり当時のオスマン帝国が国策として、アルメニア人をアルメニア人という理由だけで絶滅しようとしたかどうかである。
強制移住は、結果的に食糧不足による餓死やトルコ人による殺害を含む数々の犯罪的行為を伴ったものの、軍事的必要性に基づく非常手段であり、アルメニア人虐殺を目的としたものではなかったというのがトルコの主張である。一方、強制移住はジェノサイドを遂行するための口実に過ぎないというのがアルメニアの主張である。
第一次世界大戦時のオスマン帝国政府と軍の腐敗や規律の欠如が、アルメニア人に多大の苦しみを与えたことは事実であるにしても、トルコをナチス・ドイツと「同類」として断罪しようとするアルメニアの主張は必ずしも正しいとは思えない。
しかしながら、山口洋一元駐トルコ大使が指摘するように、「今日トルコについて取沙汰されている様々な問題をめぐっては、もっぱらトルコの側に非ありとする歪んだ認識が虚像となって一般化しており、『悪いのはトルコ』とする誤ったイメージが広く世界に定着し」、アルメニア虐殺やキプロス紛争などをめぐり「非難の標的とされるのは、常にトルコである」「ギリシャやアルメニアが欧米諸国の政界、財界、言論界に食い込み、強力なロビーを形成しているのに対して、トルコにはそれがな」く、「トルコ非難のキャンペーンばかりが幅を利かし、結果的にマイナス・イメージに拍車がかかることになる」(『〈思いこみ〉の世界史』)。
我々日本人にとって、実に身につまされる話である。
ただし、トルコ政府は自国の名誉を守るために、何事もなあなあで済ませがちな日本人からみれば、そこまでやるかというほど、米国政府に対しても言うべきことは言う姿勢を貫いている。
たとえば二〇一〇年三月四日、米下院外交委員会が「アルメニア・ジェノサイド確認」(Affirmation of the United States Record on the Armenian Genocide)決議草案を採択した際、トルコ政府はこれを非難(condemn)するだけでなく、「米国との広範な共通課題における協力に否定的影響を及ぼすだろうこの決定は、遺憾ながら戦略的ビジョンの欠如を示している」として同日夜、ナミク・タン駐米大使を本国に召還した。
こうした決議は、可決されたところで法的拘束力のない意見表明に過ぎないにもかかわらず、外交慣例上、最大級の抗議である。
ある意味、無責任な議会と違い、トルコの強硬姿勢を前に、中東戦略の要である同盟国を、米国にとっては「どうでもよい」一世紀前の歴史認識問題で失う愚を避けるべく、政権首脳は決議草案の本会議通過阻止に動く。
その結果、同決議草案は棚上げされ、タン大使は同年十二月二十二日、下院の決定を歓迎するとともに、決議阻止に尽力したバラク・オバマ大統領とヒラリー・クリントン国務長官(当時)の名をわざわざあげて謝意を示す声明を発表した。
重要な同盟国の政府が国民の支持の下、強く主張すれば、いかに「傲慢」な米国政府であっても、最後は損得勘定から譲歩するという実例である。
圧倒的に不利な立場にあるとはいえ、少数ながらトルコの「味方」も存在する。その一人が英語圏における中東研究の第一人者であり、歴代米政権の中東政策に大きな影響を与えてきたとされるバーナード・ルイス・プリンストン大学名誉教授である。
ユダヤ人であるルイス教授は、ホロコーストが安易に他の過去の不幸な出来事と等値されることに極めて批判的であり、アルメニア人虐殺とホロコーストの質的相違について、次のように指摘している。
第一に、ドイツのユダヤ人と違い、アルメニア人の一部が戦時中に敵の支援を受けて武装蜂起(armed rebellion)を起こしたことである。第二に、犠牲者は概ね軍事的必要性がある地域に限定され、その他の地域とくに都市部のアルメニア人は、多かれ少なかれ(more or less)被害を免れたことである。
事実に基づく、いたって常識的な見解である。
しかし、パリ滞在中の一九九三年十一月、『ルモンド』のインタビューでこうした見解を披露したルイス教授は、刑事民事それぞれ二件ずつ、アルメニア虐殺を否定するヘイト・クライムの廉で、アルメニア人活動家に訴えられる。
最終的に、アルメニア側の言い分への配慮が足りなかったとして、民事一件のみではあるものの敗訴となり、賠償を命じられる。フランスでは、政府もマスメディアも一方的にアルメニアに肩入れしていることを考えると、本人が述懐しているように、インタビューから裁判に至る一連の経過は「仕掛けられた罠」(deliberate entrapment)だった可能性が高い(『ある一世紀に関するノート』)。フランス司法への絶望から教授は控訴を断念し、賠償に応じる。
アルメニア人活動家に口実を与えないよう、以前よりトルコ政府から研究資金を受け取らず、この裁判においても支援の申し出を謝絶したにもかかわらず、ルイス教授に対するネガティブ・キャンペーンは猖獗をきわめた。さらにルイス教授を落胆させたのは、ごく少数の例外を除き、フランスの学界言論界において教授を支援する声はなく、友人や同僚とみなしていた人たちも例外ではなかったことである。
この事件は、「ヘイト・クライム」の名のもとに言論を法律で規制することの危険性を如実に示している。ルイス教授のような世界的碩学であっても、国家公認の歴史認識に異を唱えると、孤立無援のなか、国家権力によってその言論を封殺されてしまうのである。おそらく、ルイス教授と同様の意見の持ち主は、フランスでも少なくないであろう。しかし、刑務所にまで入れられないにしても、巨額の賠償と社会的地位喪失を恐れて、そうした声なき声は公にはならない、というよりできないので、存在しないも同じである。
慰安婦をめぐる言論も、今後、同様の扱いを受ける可能性は否定できない。
当事者ではない欧米で、過去の歴史問題に関する自国の主張が全くといってよいほど顧みられず、一方的に相手の主張のみが受け入れられるだけでなく、数少ない理解者の声は圧殺される。
日本とトルコの置かれた状況はよく似ている。
それにしても、なぜトルコは一世紀も前の、しかもトルコ人の民族国家となった現共和国が誕生する前の旧体制下の出来事で、これほどまでに欧米とくにヨーロッパで「苛められる」のだろうか。
それには、トルコとヨーロッパの千年にわたる歴史的因縁が背景にある。ギリシャ・ローマ時代以来、ヨーロッパ勢力の支配下にあったアナトリアに、十一世紀頃から東方より「闖入」して、長年にわたりヨーロッパを軍事的に圧迫した恐るべき異教徒たち。それが白人キリスト教世界の伝統的トルコ観である。
強大なイスラム勢力の前に膝を屈した近代以前の屈辱もあって、自らの軍事的優位を回復してからのヨーロッパ列強の中東政策は酷薄なものであった。そして、ヨーロッパ文明に対置されたアジア的野蛮という偏見に基づく自らの帝国主義・植民地支配の正当化は、決して過去のものとはなっていない。
さらに、ソ連崩壊に伴う冷戦最前線の同盟国トルコの戦略的価値低下によって、外交的配慮の必要性という箍が外れ、山口元大使の言葉を借りれば、「彼らの遺伝子の中に組み込まれた見方」に基づく「反トルコ・キャンペーンも一段と執拗に、厳しく行われるようになっているのである」。
欧米の全面的支持を受けたアルメニア側が描く「世界には善玉ヒーローと悪玉敵役だけしかおらず」、「ヒーローは常にキリスト教であり、敵役は常にイスラム教徒」であって、同時に起こった非キリスト教徒の苦難や犠牲に言及すると、「あたかもある人々の命は他の人々の命より本質的に貴重であり、ある信仰は別の信仰より価値があるかのように、嘲りを持って迎えられる」というトルコ政府の主張は、単なる自己弁護を超えた真実の響きがある。
それは我々日本人にとっても無縁ではない。
アジア的野蛮という偏見とソ連崩壊による冷戦終結への考慮なしに、欧米とくに米国の慰安婦をめぐる一方的日本非難は理解できないのだ。
冷戦時代、我々はソ連の脅威から自らの独立を守るため、他の同盟国とともに盟主である米国に協力していると信じていた。しかしソ連崩壊後、明らかになったのは、米国が目指すのは自国による世界支配であり、「潜在的脅威」である日独を永久に封じ込めるという強い意志である。独大手紙『ヴェルト』日曜版(一九九四年十一月十三日)のインタビューで、ヨーロッパにおける「ドイツの覇権を阻止するために二度の世界大戦が遂行された」と語ったヘンリー・キッシンジャー米元国務長官が「親中反日」なのは偶然ではない。
日本封じ込めの一環として、西尾幹二電気通信大学名誉教授の表現を借りれば、米国は「言葉の戦争」を今も継続している(『同盟国アメリカに日本の戦争の意義を説く時がきた』)。歴史解釈を巡る闘いの「主敵」は、中韓ではなく米国である。
ホロコーストという「切り札」が存在するゆえ、米国にとってドイツを封じ込めることは難しくない。一方、対独戦と違って「太平洋の戦いの道徳性は遙かに曖昧」であり、それは「帝国主義的ヘゲモニーをめぐる伝統的争い」だったというジェフリー・ウィートクロフトの冷静な意見が、対独戦勝利六十周年の二〇〇五年五月八日に『ボストン・グローブ』というリベラル大手紙に掲載されたことからもわかるように1、米国の言葉による日本支配は完全ではない。
ウィートクロフトはそこで原爆投下だけでなく、米軍が日本兵の投降を許さない、つまり皆殺しの方針を取っていたことにも言及している。だからこそ、西尾教授が指摘するように「日米戦争において日本を残虐非道の国であったとしておかないと、原爆や東京大空襲をしたアメリカの歴史上の犯罪は正当化できない」。
また、本誌二〇一三年八月拙稿「米国防総省『性犯罪報告』の衝撃」で述べたように、当事者のほとんどが鬼籍に入り、イラク開戦当初の愛国的熱狂が冷め、厭戦気分が広がるにつれて、第二次世界大戦時の米軍の蛮行が明るみに出始めた2。
米兵はソ連兵同様、ヨーロッパ戦線で女性を強姦しながら進軍し、敗戦前後のドイツだけで被害者は数千人以上に及んだ。枢軸国やソ連の兵士と違い、規律正しい米兵という「正史」は虚構だったのだ。
そこに「慰安婦強制連行」「二十万人の性奴隷」という、米国の日本「永久占領」継続にとって願ってもない物語が日本発で提供された。そこで語られるストーリーは、欧米知識人のアジア的野蛮という根強い偏見にも見事に合致している。
慰安婦問題における米国での「誤解」蔓延を、オバマ民主党政権に帰する意見がわが国にある。しかし、これは共和党と民主党、あるいは保守とリベラル双方の主流派の間に広範に存在する外交上のコンセンサスを軽視した見方である。
ジョージ・ブッシュ共和党政権時代、大統領本人が先頭に立って、米国による戦後日本民主化という「大成功」例を中東軍事介入の正当化に用いていたことからもわかるように、正(聖)戦でアジア的野蛮を文明化したという神話は、共和党の主流となったネオコンサバティブにとってこそ、決して手放せない言葉の武器であり、植民地女性「性奴隷化」物語はその一環なのだ。
慰安婦をめぐる歴史戦は、事実をめぐる争いではない。そもそもの火元である朝日新聞が謝罪したからといって、欧米での日本非難は今後も続くと覚悟したほうがよい。
とはいえ、客観的事実に基づいて、いわれなき非難には毅然と対応するというコンセンサスが国内で確立すれば、少なくとも米国政府は、この問題が米国最大の「自治領」日本との関係を損ない、彼らの国益を害する事態に陥らないよう対処するであろうことは、トルコの例からもわかる。
今後、日本政府が対外広報を強化していかねばならないことは当然として、それより重要なことは、リベラルと自負する人たち(の一部)にも受け入れられるような国内コンセンサスの形成である。
慰安婦問題は、強制連行の有無とは無関係な女性の人権問題だとする主張が論点のすり替えであることはたしかである。しかし、普遍的な女性の人権問題として慰安婦問題を相対化することは、国内のコンセンサス形成のみならず、対外広報戦略としても考慮に値することを指摘したい。
その場合、慰安婦=朝鮮人ではなく、多数の日本人慰安婦も存在していたことは大きな意味を持つ。そもそも、普遍的な女性の人権問題だとすれば、朝鮮人であれ日本人であれ、等しく同情(compassion)を持って対処する必要があろう。さらに戦後、米軍相手の売春施設で働いていた日本人女性にも、ひいては他国で過去および今日、同様の状況にある女性に対しても。
坂元一哉大阪大学教授が指摘するように、「世界に同種の問題でここまでの対応をした国はない。だからというわけでもないが、政府の対応は本来、日本が女性の人権と尊厳に高い道義的意識を持つことの表れと理解されてよい」(二〇一四年十月十三日付産経新聞)。
今後も、朝鮮人慰安婦たちに対しては、満腔の同情を示すことが求められる。
慰安婦が大きく問題化したのとほぼ同じ時期、米国では「回復記憶療法」(Recovered Memory Therapy; RMT)が流行し、過去の性的虐待を「思い出した」女性が父親などを訴え、有罪判決が下る事例が続発した。
ところが、その多くがセラピストの誘導によるでっち上げだったのだ。記憶を捏造された被害者として同情を持って朝鮮人慰安婦に接することこそ、道義の国・日本にふさわしい態度である。
「愛国者であると同時に、我々は紳士であることを忘れてはならない」というエドマンド・バークの言葉を肝に銘じ、慰安婦をめぐるいわれなき非難に国民一丸となって対処していかねばならない。
出典:『WiLL』2014年12月号p.80~
![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |